お金なんていらない。
贅沢もできなくていい。
同情もいらない。
慰みも、哀れみも・・・全ていらない。
何もいらないのだけれども、タダ一つ・・・
 
 
僕は幸せが欲しい。


BATON 



〜人というもの〜

「・・・っと言うことでー私はこれからもこの家でお世話になることになりました!!」
キミがみんなの前で挨拶をしている。
なんだか恐れていた事態が起こった様な気がするな。

「それじゃあこれからもよろしくね!!」



この一ヶ月をすごして、キミはこの家にいることがかなり気に入ってしまったらしい。
昨日、両親からかかってきた電話によると・・・



『お〜きみ〜、そっちの生活が好きになったか?』
「うん!!なんか気に入ったー!!」
『そうかーじゃあお父さんたちは一年間くらい旅行にいってるからー、大丈夫。会社にはいってある。一年間の営業指南はしておいた』
「そっかー、じゃっここにいてもいいー?」
『いいぞー好きなだけいろー。翔子さんに迷惑かけるなよー』
「はーーい!!」


海外からの電話なのに一分くらいの会話で終わった。

っていうか自分の娘が受験のときに旅行に行ってしまう両親もすごいと思うが・・・


この一ヶ月は少し大変だった。
大学祭でやる劇の練習に付き合ったり、受験生(小林家内)の面倒を見たり・・・
アカリちゃんの面倒を見たり・・・キミのイタズラに耐えたり・・・・・・
長瀬君が毎日意味のないメールしてきたり・・・・・・


思えば自分の時間って無かったんじゃないか?


・・・・なかった・・・

「お兄ちゃん、うれしくないの〜?」
キミは僕の顔色を見て言う。
「ははははは・・・はぁ・・・」
これからどうなるんだろ・・・




大学が始まるのは10月からで、九月から始まる中学校や高校の人たちとはまた違う生活リズムになる。
ここから一ヶ月が自分の時間か。
何しよう・・・去年は何したっけ・・・
思い出そうとするものの、人の記憶は曖昧で、全く思い出せない、ということが多々ある。
その中の一人の僕。

何も無いな・・・することが。

「はーーー・・・・」
「そんなにいやですかい。」
「することがないなーって・・・」
「そっか、お兄ちゃんこれから暇をもてあますだらだら人間になるわけですか」
なんですかそれ・・・
「ふむふむー・・・じゃあ四週間後くらいを楽しみにしててくださいな」
四週間後・・・何があるんだ・・・
夏物いっそう売りつくしセールか?
たぶんちがうな・・・

「なにがあるの?」
純粋な問いを投げかける。

「・・・教えない!!」
邪悪な答えが返ってくる。

「・・・・・・・・・」
ここまで来て言ってくれないのはちょっとなぁ。

「教えて欲しい?」
「べつにいいや、じゃ、僕はこの辺で」
僕はリビングから自分の部屋に帰ろうと席を立った。

「ええ!?きかないの?」
キミが驚いたような声を出すので振り返って言う。
「だって聞いても教えてくれないんでしょ?だったら聞くのは無駄。だから帰ります」
そして僕はまた部屋に帰ろうと

「ほんっとにいい情報なんだけどなー」

・・・・・・無視!!
とことことことこ・・・

「ねぇ、ほんとーーーーにきかないの?」

とことことことこ・・・

「ねぇ、ねぇってーーー!!」
ぐいーーー!!

服の袖が伸びた・・・

「わかったよ・・・何があるんですか気になります。教えてくださいキミさん」
「そんなに言うなら教えてあげよう!!実は四週間後に」
とことことことこ・・・

僕は部屋の前について戸をあけようと思った。

「すいません・・・聞いてください・・・兄さん」

よし、僕の勝ちだ。






「四週間後くらいに学園祭があるんだー」
だいたい予想していたから驚きがない。
「ふーん」
「で、お兄ちゃんも来たかったら来るとかしてみたら?」
「暇だったらねー」
「あ、学園祭の話ですか?」
アケミちゃんが勉強道具を持ってきて僕の部屋にはいってきた。

「うん、そーだよー、アケミちゃんからも言ってよー。暇で暇でしょうがないこの人にさー」
そこまでいってないんだけど・・・

「うーん、暇なら来ればいいんじゃないですか。」
なんか断言された。
「特にこの町では大きなイベントも無いですしねー。・・・・・・よかったら案内しますよ?」

たぶん何も無いと思うし、学園祭って言ったら通常は日曜日あたりにするはず。
だからたぶん劇の練習も入ってないだろうな・・・

「たぶん大丈夫だと思う。けど案内はいいよー友達と楽しめばいいよ。僕も友達よんでいくから」
「あ・・・そうですか・・・それはいいことですね」
アケミちゃん、少し残念そうな顔をしたような・・・気のせいか。

「よーし、じゃあけってーい!!お兄ちゃん、あの人はよばないようにね!!」
長瀬君はなぜ嫌われているんだろう・・・


そして、勉強の時間になった。






「それじゃあ最初から、もう少し柔らかい感じに」
僕たちは劇の練習をしている。
全員合わせるとどれくらいなんだろう・・・
劇のサークルで実際に生の演奏をするなんて、うちの学校くらいだろう。
面白い考えだよなーと僕は普通に思った。

劇なんてものは僕はやったことは小学校の学芸会くらいでしかしたことがない。
全く演技なんてできないもんだから一般人BとかCD、いいときならEもしたことがある。
一番ひどかったのは一般人Cのときだったな・・・
・・・・・・ひどく悲しい。

「じゃあ、これくらいにしましょう。皆さん、各パートを練習して置いてください」

郁人君はみんなにそういってみんなの前から離れる。
いっせいに片付けると思いきや、郁人君の周りには人が集まり、細かいことを聞いていたりする。
ああいうのがカリスマがあるって言うのかな?

「ちっくしょー。早川のやつ女の子に囲まれて羨ましいなー!!」
「そう思うんだったら長瀬君ももっと練習しなよ」
長瀬君は練習をサボっているっぽくていつもみんなから遅れてついてくる感じになっている。

「しょうがないだろー?俺サークルもあるんだし」
「全然活動してるようには見えないけど」
「裏で日夜特訓してるの!!だまっとけー!!」
「裏で日夜特訓しようよ、クラリネット」
僕が長瀬君と話していると、僕のところにも人が集まってきた。

「ええっと、先輩、ここなんですけど・・・」
僕は順々に受け答えをしていく。

それを黙ってみている長瀬君。
「くっそー・・・俺だってやればできるところをみせてやる!!」
そういって教室を飛び出した。


僕も郁人君も、詰め寄る人がいなくなり落ち着いた。
「おつかれー」
「お疲れ様ですー助かりましたよ」
?何が助かったんだろう。
そう思っていると、
「僕、指揮者なんですけど、みんなの特性って深くは見れないんですよ。その点、笹原さんはみんなにアドバイスを与えてくれて」
うーん・・・でもこれは高校のころのこともあるからなー

「そう?ありがとう」
普通に返事をする。

僕はフルートをしまい、席を立とうとした。
「笹原さん、今から何かありますか?」
そういわれて、みんながこっちを向く・・・
なんだろう・・・この期待感に満ち溢れた顔の数・・・
「え、いや、別に・・・」
「だったらこれから夜ご飯食べに行きませんか?」
郁人君は普通の顔で言ってるんだけども、他のみんなの顔がきらきらと輝いているように見えた・・・とくに目が。

「あ、うん。いいよ」
といった僕の発言を口火にして、
「じゃあ、俺もいいですか?」
「あ、私も!!」
「じゃーあたしもーー!!」

と・・・・みんなから声が上がる・・・
・・・・・・長瀬君・・・・帰らなきゃ良かったね。




翔子さんには携帯で話しておいて、僕たちはご飯を食べに行くことになった。
駅前の学生たちにとってはうれしいとっても安いお店。

そこの一番大きな一室が学生たちでいっぱいになった。

一年生の劇、と言うこともあって、一年生が多く、お酒を飲める人は少ないと思ったけど、もう、そんなの関係ないって感じでみんな飲んでる。
僕は笑うしかなかった。

さすがに郁人君は飲んではいなかった。
「あれっ?早川君、飲まないの?」
僕は一応尋ねてみる。
まあ飲むといってもチューハイみたいな軽いお酒なんだけども・・・
「ああ、僕未成年ですし」
「そうだよねー。僕も未成年のころは一滴たりとも飲まなかったなー」
なぜかわからないけど、19歳のとき入学してから、今までお酒を飲まなかったんだから20まで飲まない!!って言う変な目標を立てた覚えが・・・

「しかも、お医者さんから飲まないようにって言われているんですよ。流れになっても」
少し郁人君の表情が曇ったような気がした・・・
「ふーん、そっか。ならやめといたほうがいいね。僕もチョットお酒苦手だから飲まないんだけどね」

20になってから長瀬君に付き合わされて何杯ものまされた覚えがある。
その量が半端ではなく、次の日にひどい思いをした。
それからお酒はなんとなくいやーな思いがあるから飲みたいと思うとき意外飲まないようになった。
・・・というかお酒に弱い・・・

「winner!!嵯峨野!!」
アッチではなんでか飲み比べしてるし・・・割り勘だから飲んだほうが得するんだけど・・・

・・・・・・って言うか飲み比べで嵯峨野さんダントツだし・・・
そう思っていると嵯峨野さんがやってきた。
足取りもしっかりと・・・
「笹原さーん、もうとめてくださいよ、この人たち。のど渇いてないのにジュース飲ませるんですよー?」
・・・・・・それはチューハイだ・・・嵯峨野さん・・・

ってか全然よってない・・・超人。

「もうおなかがジュースでいっぱいって感じですよー」
嵯峨野さんの横から向こうの席に座っている人を見ると・・・無惨。





結局、無事に帰ったのは僕たち三人だけだった。
自転車、ということもあって何人も人を家に届けたりもしたけども・・・
家に帰ると、もう真夜中って感じの時間になっていた。
お酒を飲んでない人がこんな時間に帰るのも変な感じがするんだけども。

「ただいまー」
って言っても誰も返事しない時間・・・

うーん・・・なぜあそこまでカラオケにも行かずにずっといられたのか・・・
謎だ・・・





朝起きると・・・いきなり何通かメールが来た。
内容は酔いつぶれて大学にいけないとか・・・
いいのか?それで。

ま、自分はいけるし余った人たちで練習できるよね。


昼くらいになって僕は家から大学に出かけた。


「なぜに四人・・・」
僕、郁人君、長瀬君、嵯峨野さん、
この四人しかいなかった。
「あはははは・・・軽率すぎましたか?昨日の食事」
郁人君は笑うしかなかった。
「そうだね、あはははは」
僕も笑うしかなかった。
「・・・・・・」
長瀬君は黙るしかなかった。



「どうせならこの四人で劇をしてみるとかー?」
「「いやいやいや、できない」」
郁人君とは気があうのかもしれない。
「そうだなー劇を見てタイミングを考えるってのもいいと思うぞ」
長瀬君が久しぶりにいいことをいったような気がした。

「そうですね・・・じゃあ今日は劇を見させてもらうことにしましょう」




「なるほど・・・ここであの曲か・・・ミュージカルっぽいね、ディズニー?」
「長瀬君、もうチョット静かに、しかも劇だからそんなものなんだって」
一年生たちの劇を見ることになった僕たちは結構その劇の内容に見入っていた。
ストーリーも有名なものであるのだけれど目の前で見るとやっぱり違う。
心のこもった演技とでも言うのだろうか。

僕はふとみんなの様子が気になった。
嵯峨野さんは一生懸命に自分のパートのところを劇と合わせて小さく口ずさんでいる。
長瀬君は・・・こっくりこっくりと・・・って・・・はぁ・・・

郁人君は・・・

顔色が悪く、気分が悪そうにしている・・・

何があったのだろう・・・少し見ていると、郁人君は席を立ち、リュックを持ちトイレのほうへと走っていった。
僕は、


「ごめん!!チョット、トイレいってくる」
と小声で嵯峨野さんに言う。
嵯峨野さんは、
「女の子にそういうこと言うものじゃないと思うんですが・・・」
と少し困り顔で返してくる。

でも僕は弁解もせずにトイレへと向かっていく。






中には予想どおり郁人君がいた・・・
その手にはピルケースが握られている・・・

おそらくそれに入れてあったであろう薬を郁人君は2・3錠一気に飲む・・・
鎮静剤のようなものだろうか・・・

「はぁ、はぁ・・・くっ!!・・・はぁ、はぁ・・・」

その薬を飲んだ後に郁人君は肩で大きく息をし、胸に手を当てて必死に苦しみに耐えていた。
何分くらいそうしていただろうか。
郁人君の顔に色が戻り、いつもの顔になった。
そのあと何か独り言をしていたけれども、わからなかった。
でも・・・
「まだ・・・まだだよ・・・ぼくはまだ・・・」
そう聞こえた・・・
そして鏡に向かって自分の顔を見ながら笑顔の練習のようなものをしている・・・







僕はそこから耐え切れず、元の席へと戻っていった。





劇も見終わり、今日はそこでお開き、といった形になった。

「それじゃあ今日もお疲れ様でした。また明日会いましょうね」
郁人君はいつもの笑顔で別れようとする。
僕はとっさに、
「早川君!!」
と言った・・・
郁人君は何でしょう?と言った感じでこちらを見てくる。
言葉を発したものの、僕はかける言葉が見つからない・・・
「・・・・・・いや、気をつけて帰ってね・・・・」






僕はいつかの恐怖を思い起こす。
その恐怖が郁人君にとっては現在進行で発生しているのではないだろうか。
しかもその対象が自分自身であると・・・

昼から少し傾いた太陽を見上げた・・・

その太陽には厚い雲がかぶさろうとしていた。 



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