BATON 



全てのものに響いていく。






〜ゆめ〜




「よーササー!!」
長瀬君が扉を開けながら入ってくる。
「・・・・・・ねぇ、ここ練習室なんだけども・・・」
「そんなものは気にしない!!」
はぁ・・・
普通誰かが演奏していたら、区切りのいいところで入ってくるとかそっと音をたてずにはいってくるとかしないかなー?

「で、なにかようですか?」
「いよいよ三日後が学園祭だぞ!!ちくしょー!!頑張るぞー!!」
何をおっしゃる・・・
「・・・それだけじゃないよね?」
「おう!!もう昼だし一緒に食堂行かないか?」
「えっ?」

備え付けの時計を見ると13時をさしていた。
なんか没頭してた?
練習していると時間の感覚がなくなってくる。
高校のころからそうだったな〜

音楽のための学校ではないけども、音楽準備室で練習していて、下校時間だ!と怒られたことがあった。
それはいい思い出なのかな・・・

「そうだね。じゃあ行こうか」
「ところでお前よくやってるなー。後期始まってからずっとやってるんじゃないか?劇の練習日以外」
「そうだよ?昔言ってたじゃん。一日練習を怠ると三日衰退するって」
「俺には無理だなー」

長瀬君は口でこう言っているけども、結構練習するほうだ。
ただ、人に決められた練習はあまりやりたくはないらしく、自分のしたいものを主にする。
だから講師の人に言われた曲とかを練習することを結構嫌がっている。
『何で俺がこんな暗い曲調を!!』
とかいって・・・
それもできるようにならなくちゃなんだけども・・・





「もう大丈夫なんじゃないか?あの劇にあわせるの」
「うーん、そうは言ってもね。やっぱりやることはやらなくちゃ」
僕はサラダと牛丼、長瀬君はしょうが焼きとライスの大を頼んだ。
ライスの大ってどんぶり一杯なんですが・・・
「いっつも思うけどどうしてそんなに食べられるの?」
「ん?・・・んー・・・身長でかいから」
「・・・・はははははは。それは僕に対する嫌味ですか?」
「ふっ・・・何をいまさら・・・」

僕たちは笑いあう。
もうこの人の身長から見ると誰もが小さく見えるんじゃないかと思う。
この前の高校での一件で僕はもう吹っ切れた。
背が小さいことは認めよう。
しかし女の人と間違えられるのは嫌だ。

「まぁ、男であるってのも一つだな」
「・・・・・・・あ、長瀬君、下にお金落ちてるよ!」
「え、マジか?」
長瀬君は席を立ちしゃがみこむ。

その間に僕は長瀬君のしょうが焼き一枚を奪った。







「あーっ・・・なんか今日のしょうが焼きボリュームが少なかったような気がするな」
「気のせいでしょ。ところで午後からは何かあるの?」
僕は話題を変える。
突っ込まれないように。
「いや、俺は特に入ってない」
「そっか、僕も一時間目だけだったんだよ」
「げ、何のために残ってたんだよ。練習の時間までまだまだあるんだから帰ればよかったじゃんか」
「練習は大事です」
「でた・・・まじめ君」
長瀬君はあきれたといった顔でこっちを向く。
「あのねー。僕たちはもう一年後どうなっているのかわからないんだよ?卒業後の進路とかそういった」
「あーはいはい。じゃあ練習室でセッションしますかー」
「はぁ・・・まぁいいけども」






練習の時間になり、演劇部の練習場所まで来た。
そこではもう、早川君がいた。
「あ、どうもー」
早川君はこちらに気づき、挨拶をする。
劇の人と打ち合わせをしているようだ。
指揮者って大変かもなー。
おそらく、早川君はこんなこと初めてだろう。
いや・・・ここの全員初めてだと思う。
劇中の音楽を全て僕らが演奏するなんて・・・


早川君といえば・・・

前の希美の学校の文化祭の時・・・





この前、希美はフラレター!!と泣いていた。
たぶん、早川君に付き合ってくださいとか直球で言ったんだろう。
人が付き合う付き合わないとかそういうのは僕には無縁だけども・・・
まぁ悲しいことはわかる。
兄としてやってあげられることは・・・
ただ、泣いている希美の背中をさすってあげるだけだった。


少し気になるのは早川君のことだ。
夏休み・・・というか前期後期の間の休み。
あの時のトイレでの一件。
それが気になる。

あの時の行動は・・・


「笹原さん?荷物を置いて早速練習しましょう」
「・・・うん。ごめん、そうだね」
僕は荷物を置き、早速練習にかかった。






「そういえば、笹原さんのオリジナルの曲ってありますか?自分で作ったというものは」
休憩時間、不意に僕にそんなことを話す。
「えっと・・・」
僕が適当に考えて作った曲ならいくつかあることはある。
それは本当に適当に作った曲なので名前はおろか、楽譜もないものもある。

「ああー、ササのオリジナルは全部暗い曲調だよなー」
さっき合わせた時の話だろうか・・・
確かに僕は一回だけ吹いたけども・・・
「そんなに暗かった?なんかアレは適当に作ったものなんだけども」
「ああ、まぁ俺はあんまりわからないけどな、そう感じただけだ」
長瀬君は外国のコメディタレントのように手を片の高さまで上げて答えた。
「だけど、あの曲だけは明るいんだよなー・・・なんでか」
「ああ、あの曲ね」
たぶん、思い出の曲だろう。
「それとは裏腹にお前の顔は険しかったけどな」
「え・・・」
「さ、練習時間も終わりだし、がんばっていきますかねぇ」
長瀬君は立ち上がり、みんなに練習を促す。






「ということで今日は終わりですー。ありがとうございましたー」
リーダーの人が言う。
今日は劇中で歌う人とも合わせてした。
歌う人は声楽科の人で、さすがと言うか、数回あわせるだけでばっちりタイミングが合った。
でも合った、というだけでまだ強弱とかそういうものが合わない。
数人がその呼吸と合わせるというのは難しく、しょうがない事ではあるが・・・

「おつかれさーん」
名前も知らないその声楽科の人が声をかけてくる。
「お疲れ様です」
・・・・・・・・いや、自分では悪い癖だと思っているけれど・・・
女の人と背がどっちが大きいのかっていうことを必ずといっていいほど考えてしまう・・・
・・・・・・男の人にはたいてい負けるから・・・

・・・よし。同じくらいだ。
「んー何を見ているんですか君は」
抜け目がないというかなんと言うか・・・
いろんな人に話しかけているのにもかかわらず僕の視線を感じたらしい。
「いや、なんでもないです」
「いや、なんかあるね」
「・・・なんにも・・・」
「・・・・・・」
「すいません、背を比べていました」
「素直でよろしい」
頭に手を置かれた。
何回目だろうか。
「まぁ背が小さいっつっても普通の人よりちょっと下くらいじゃーん、きにするなってー」
ぐりぐりとなでられる・・・
ああ、この人もか・・・この人もなんだな・・・

「笹原さーん。終わりましたので帰りましょうーって、あ、劇の人ですね。こんにちわー嵯峨野と言いますー」
嵯峨野さんがペコリとお辞儀する。
それに習うように女の子もお辞儀する。
「どうもー、演劇サークル一年の児山沙紀(こやま さき)っす」
ペコリとお辞儀。
僕も頭を下げる。
正確に言えば下げられた。
一緒に手を動かされて・・・

「で、君は?」
「・・・・・・・フルート、三年、笹原裕之・・・」

児山さんは固まる。

「・・・・へ?」
変な声を出す。
「いっておきますが・・・僕は男です」
「・・・・・・・」
「それでは」
そして僕は去る。
(ガシ!!)
腕をつかまれる。
「ごっごごごごごめんなさい!!!」
腕にしがみつき必死に謝る児山さん。
「うう!!」
僕は腕が痛い。
「これで何人目ですかー?」
嵯峨野さんは笑っている。





「と、いうことでこの件は無しということで!!」
夕食を一緒にとることになった。
もちろん演劇サークルの人も一緒に。
ただ、僕の分は払ってくれるというラッキーな結果に・・・
たまには・・・

いや、良くないか。

「こういうときこそ何かをすべきなんじゃないのか!!ササ!!」
長瀬君のテンションがめちゃくちゃ高い。
この前、一緒に来なかったからかなぁ・・・
あ、アッチの席ではまたチューハイ飲み比べしてる。
完全に嵯峨野さんの圧勝だけども。

「何かするって?」
「ほら・・・ええっと、ここは演劇のサークルだから・・・何か演技してもらうとか!!」

もっと良い案でないのかね長瀬君。

「じゃあ男の役を女の人がやって女の役を男の人がやるというのはどうであろうか!!」
どうであろうかって・・・

一気に目線がこっちに集まる。

・・・・へ?








「長瀬君・・・もうあんなこといわないでよ」
「なんていうか・・・すまん!ははははは」
「しかも演劇サークルじゃない・・・ぼくは・・・」

僕は・・・・
いや、思い出しもしない。
思い出したくもない。


この夜の惨劇は記憶の奥底、ブラックボックス、潜在意識の中に入れておこう。


そう決めた・・・

「そこでお前が爆裂パンチ」
「何の話ですかそれは」








家に帰ったら、もう自分の部屋には生徒の皆さんが集まっていた。
音楽か志望の二人・・・

「・・・・・・」
「は・・・ははははははは・・・」

希美が何ともいえない空気を放っている。
近寄りがたく、話しかけにくい独特の空気・・・



「ええっと、はじめようか?」
「ええ、お願いします・・・」





教えていくうちに、希美の空気は解けていき、最終的には雑談までできるようになり、
「ちくしょーーーー!!!絶対に振り向かせてやるーーーー!!!」
希美は誓った。


僕はその誓いを何ともいえない気分で聞いていた。










一日前、僕たちは最後の仕上げをしている。
一応、形にはなっていて、安心して劇にあわせられるようにはなった。
でも、より良いものをお届けするために!!
という精神の元(演劇部リーダー精神)のため、うまく、よりうまくしていく。

長瀬君は耐え切れるだろうか・・・

「だりーーーーだり〜〜〜〜かったり〜〜〜〜〜〜」

うん、ちゃんとやっている。
みんなからはだらけていると思われていると思うが、アレでけっこうちゃんとしているほうだ。

この調子で行けば本番も大丈夫だろうな。





「お疲れ様でした。本番は明日なのでゆっくりと休んでください」
少し早い時間だが、リーダーの人が言うと、みんな帰る準備をしだした。

「ふう・・・お疲れ様です〜」
嵯峨野さんが声をかけてくる。
すぐ横、ということもあるけども、こう声をかけてきた時はこの後食事・・・とか誘ってくるんだろう。

「これから夜ゴハン一緒に行きませんか〜?」
やっぱり・・・
「お!!俺も一緒に行くぜ〜」
長瀬君は当然のようについてくる。
「あ、僕もいいですか?」
「じゃ、あたしもついていっていいかな?」
早川君、児島さんもついてくるらしい。

「もちろんいいですよ〜さあ一緒に行きましょう〜」


どうでもいいけど僕は返事をしていないんですけど・・・





今日の夕食はこの5人ですることになった。
いつもとは違って・・・

「ってーことはー先輩、フルートの期待の星じゃないっすかー」
「そうさ!!こいつはやるときにはやる男だぜ!!」
「何ですかそれは・・・」

いつものことだけども長瀬君の夕食時のテンションにはついていけない。

「まぁ努力しだいということでー」
「そういえば、練習室一室お前専用みたいになってるぞ。なんかほかのひとがもう使わなくなってた」
「え、そんなに練習してるんですか、まじめ〜」
「そんなことになってるんだ・・・知らなかった・・・」
「笹原さんは努力の天才って感じですよね。素質だけじゃあそこまで行きませんって」
「そうですね〜」

嵯峨野さん、知らずにチューハイ飲んでいるんだろうか。

「好きでやっていることだし」





「へーー、いいですね。そういうのって・・・先輩なんか夢とかあるんですか?」
「俺の夢は大きな舞台で演奏することだぜ!!」
「いやー長瀬先輩じゃなくってササ先輩っス」
「結構、棘がありますのね。あなたさま・・・」
よよよ、と長瀬君は泣きまねをする。

「ゆめ?・・・・」


夢・・・夢・・・・・ゆめ・・・・・・

久しぶりに聞くその単語。
だが、そのひとことがなぜか僕の頭に強くい反応する。






僕は夢を持っているか。
それは・・・
「この僕の音をみんなに伝えてみんなに音楽のよさを」
「ほうほう・・・」
「・・・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・


伝える。
僕は音を伝える・・・
それは『僕』の夢か。
それとも『誰か』の夢か。



「いや、夢ってほどのものじゃないかな。ただ音楽が好きなんだよ」

僕はごまかす。
明確な答えはいつも出ない。

究極の問いを出すと・・・
『僕は音楽が好きか』

それが好きでもそれがなぜ好きかと聞かれれば僕はどう答えるだろうか・・・


何のために音楽を始めた・・・

何のため僕はフルートを持つのか・・・


「あ、ごめん!!今日は家で用事があるからこの辺で!!」
僕はお金をテーブルの上に置き早々に立ち去る。

「あ、笹原さん」


みんなの言葉を聞かずに僕は出て行った。

僕は『音楽』が好きだ。
それは真実か・・・

真実だ。



僕は思い出す。

辛そうな顔で演奏していると言われるあの曲を・・・

なぜ好きな『音楽』を、一番大切な曲をそんな顔で演奏する。





『音楽』は好きだ・・・では音楽は・・・




帰り道の中、途中で雨が降り出す。

ドラマでよくあるシーンのようだ。
まるで僕の心を映し出す鏡。
いきなり出てきた話だが、いつもここにあったもの。
常に僕が持っていた心。





・・・・・・・・・何かにとらわれてはいないか・・・・・・・・・・・



頭の中へと言葉が入ってくる。



とらわれている・・・僕は・・・何に?・・・・わからない・・・・


雨は激しさを増してくる。
その雨にあわせ僕も次第に足が速くなる。




なんだろう・・・この気持ちは・・・

胸の中がざわついている。
不安のような気持ちの悪い感情。



僕は雨の中を走る・・・
まるで何かから逃げるように・・・






家に帰り、その日の勉強は無しにしてもらった。

自分の部屋で考えてみる・・・


頭が痛い。

『音楽をするのはなぜ?』

僕の音楽は義務でも責任でもない。
自分からしだした事だ。
みんなに『音楽』を伝えるために・・・

『なぜ?』

それが僕の役目だから・・・

『誰が決めたの?』

それは・・・・




誰が決めたんだ・・・・・・

確かに高校生に入りたてのころ、僕はある音楽に惹かれて、吹奏楽部へと入った。
それは誰が決めたでもなく、自分が決めた。

でもそれは関係ない。



今、なぜ僕はみんなに『音楽』を伝えること役目と思っているんだ・・・?




『音楽』は『伝える』じゃなく、『伝わる』ものなのではないか?







カチン・・・・・・・


何かが外れる。




頭が痛い。




僕は・・・音楽が好き・・・・なんだろうか・・・



いや、僕は・・・音楽が好き『だった』


いつしか僕は音楽を義務と考えていたのではないだろうか・・・


いつしか・・・


・・・・・・・・・・・・・・・たぶん・・・いや、きっと・・・・・・あの時からだ・・・







認めたくないが・・・でも事実だ。



わかった・・・



今までわかっていなかったのか、いや、心の奥底で止まっていた。




僕はケイのことから止まっている・・・
考えが止まっている。




僕は・・・高校一年生の夏から・・・止まっていたんだ・・・



カチン・・・

鍵が開く音。


頭が痛い。




『音楽』はただ伝えるものではない。
一つに縛られるものじゃない。



『音楽』は・・・・



全てのものに響くものだった・・・



そうだ・・・僕は・・・

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