BATON 



目が覚めた。
すがすがしかった。
空気が澄んでいた。

雨の降った後の朝の空気はおいしかった。


「さぁ、今日は頑張ろう!」

僕は大きな伸びをして部屋から出て行く。





〜単線〜





「と、言うことで集まってくれた皆さん。どうもありがとうございました。やっとのことで本番までたどり着くことができました。
 今まで本当にありがとうございます。さあ・・・後一分張りです。頑張りましょう!!」
リーダーの挨拶が終わる。
そして僕らは持ち場に着いた。
隣から声をかけられる。
「昨日は大丈夫でしたか?」
嵯峨野さんは心配そうな声で話しかけてきた。
昨日は用事があるといって帰っていったのだけども、結構ばればれっぽかった。
どんな顔をしてたのかわからないけども、そんな顔していたんだろう。


「うん、大丈夫!ごめんね、心配かけちゃって」
「え、ええ、そうですか・・・」

嵯峨野さんはちょっと驚いたと言った感じだった。
何か僕は変だっただろうか?
まぁいいや。今は劇を成功させることだけに専念しよう。

みんなが頑張ってきたものなんだ。



「さ、もうそろそろです・・・」
早川君は指揮棒をあげ、準備をする。
それに合わせ、僕たちは呼吸を落ち着かせる。


指揮棒が振り下ろされ、演奏を始める・・・

演奏を始めると周りの音が気にならなくなる。
人の動く気配、風の流れ、足音・・・気にならなくなる・・・



ただ、一つとなった音楽が僕の中を流れる。

・・・感覚が違った・・・

演奏をしている時、僕は自分の演奏に気をとられていて他の音をこんなにも感じたことはなかった。




久々に感じた・・・みんなの『音楽』だった。





一つ一つの場面で曲が変わるため、一つ一つの曲は短いものであった。
しかし・・・曲を作った人の思いを感じられる・・・










エンディング・・・


全ての曲が終わって、僕は涙が出そうになった。
感動するとかそういうことじゃなく、純粋に楽しんで曲が・・・『音楽』が奏でられたこと・・・
うれしかった


舞台裏控え室で反省会?が行われた。
「お疲れ様です!!ありがとうございました!!もう最高!!お客さんも喜んでくれてました!!ホントーにありがとうございました!!」
リーダーは端から見てもわかるようにはしゃいでいるのがわかった。


「センパーイ、よかったっすよー。先輩のフルートの音がびびっときましたよー」
児島さんがやってくる。
「いや、アレはみんなの演奏の全てが合わさっての物だよー」
「うおぉぉぉ!!!先輩いいひとですーーーー!!!!」

抱きついてきた・・・


演劇部男子たちが・・・

「まぁ、うん、よかったよかった」
僕は顔が少し引きつった。
同じように長瀬君にも抱きついていこうとしてあえて演劇部男子は避けた。
「おい、どういう意味なんだ」
そのやり取りが面白くて僕は笑う。

「先輩いい人っすーーー!!」


・・・・・・児島さんに抱きつかれた。


僕は固まった。
長瀬君も固まった。

「こっちが控え室で・・・あ、裕之さ・・・」
アケミちゃんが入ってきて・・・ノブを持ったまま固まった。

早川君と嵯峨野さんは普通に笑っている。



・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・


「のわぁぁぁぁぁあああ!!!」
叫んだのは長瀬君だった。
僕は変な汗をかいている。

僕はもともと女の人に触られると言うことがなぜか苦手で、しかもどう接したら良いかと言うこともわからない。だから僕はこういったことが起こった時は
どうしたら良いのかわかるはずがなくて、なぜこのような状態へとなってしまったのかも冷静に考えることもできない状態になってしまう。そういえば、
女の人が苦手と感じたのはいつの日からだったか。そんなことも忘れている。妹とか家族の人たちは別に普通なんだけども、ってか普通じゃなかったらどうするんだって話だけども
別に触れられても大丈夫なんだけども、ほかのひととなると話は別になり、考えがまとまらなくなる。そういえば昨日の晩御飯代って払いすぎてなかったっけか?
たしかテーブルの上に置いたお金は五千円、学生がそんなお金のかかるところに入らないって、たぶん全員分払ったとしてもおつりが出てくるところに行ったと思う
普通のファーストフードと同じくらい値段のお店だったし、僕の頼んだものは500円くらいのものだったと思う。ああ、たぶんお金を出しすぎた。
長瀬君に後で聞いてみよう。そうだ。聞いてみよう。五千円と言えばお小遣いアップした全額のようなものだし、とてもそれを払える気はしない、今考えると
おごってもらうという約束だったことは抜きとしても払いすぎだ。よし・・・

「長瀬君、お金返して」

「おまえ・・・話飛んでる・・・」



「長瀬先輩もーーいい人ですー」

児島さんは長瀬君のほうを向いて手を広げる。

が、くるっと振り返り僕にまた抱きついた。

「なんだよそれ!!」




僕はもともと女の人に(中略)
払いすぎだ。よし・・・

「長瀬君、お金返して」

「おまえ・・・記憶消えてる・・・」





「あの・・・おっお疲れ様でしたー」
アケミちゃんがやっとしゃべりだした。

「あ、ありがとー。劇よかったでしょ」
「あ、はい。歌も曲もよかったですよー」
アケミちゃんは何か考えている・・・
「うーん・・・なんていうか・・・生の劇って感じですね!!」

そりゃそうだろう。
「まじっすかー?ありがとうございますー」
児島さんは頭をかきながら言う。
なんていうか・・・
さっぱりした人だよなー

「兄よ・・・聞いておったぞ、よくやったワイ」
希美もやってきた。
なぜ口調が変わる。
身内が出てるとそっちにばかり気が向いてしまうものなのだろうか。
「どうも、聞いてたかわからないけどね」
「む、聞いてましたよお兄さんよ、妹の言うことを信じなさい」
「はいはい」
僕は笑顔で返す。

「あ・・・」

希美は少し反応する。

「ん?なに」
「いやぁ・・・お兄ちゃんだなぁって・・・」
「?」
わけわからん・・・



「まあよかった。何事もなく終わって・・・」
「そうだなー。一人くらいとちるかと思ってたのに」
「また縁起でもないことを・・・」


「おーーーい。早川くーん。一緒に大学内を」
と僕は一緒に回ろうとして振り向く。




僕は見た。
早川君が倒れこむ瞬間を・・・

つられていた糸を切られた人形のように床へと落ちていく。


その光景をただ見ていた。

どさりと言う音。
その音にみんな反応し、早川君のほうを向く。

はっと気づき僕は早川君のそばへと駆け寄る。
「早川君!!」


早川君の顔色は悪く、息も切れ切れ何とかしているといった状態だった。
「希美!救急車!!それと生活科の先生を誰か呼んできて!!」

僕はみんなに指示を出す。
その場は騒然となったが、僕の言葉でみんなは動き出した。





僕は予期していたのかもしれない。
こうなってしまうことを・・・



治療室の前、同行者は僕と希美、そしてアケミちゃんだ。

僕たちは一言もしゃべらない。
言葉を発してもそれはただの気休めでしかなく、不安はぬぐえない。
立ったり座ったりを繰り返す。
何も考えずにただ目をつむる。






病院のある一室、僕らはそこにいる。
治療の終わった後、眠り続けている早川君と共に・・・

治療をしている間に早川君の家族の人が来て、医者と話をしていた。
どんな内容かはわからなかったけれども、深刻な話であったことは確かだった。


「・・・・ん・・・」
うつらうつらと、意識が消えそうになった時、早川君から声が出た。
一気に僕は覚醒し、その様子を見る。


「あ・・・ぼくは・・・・」

早川君は周りを見渡す。
そして気づく。
「そうか・・・大学祭のときに・・・ごめんなさい、裕之さん、希美さん、小林さん・・・せっかくの大学祭を」

「いや、そんなことは別にいいんだけども・・・」

その時ちょうど、早川君の家族の人たちが病室に戻ってきた。
「ええっと・・・すいませんが今日のところはお引取り願いますか?」

「あ、はい。わかりました」
僕たちは病室から出ることとなった。

早川君は
「すいません。ごめんなさい・・・」
と言っていた。

そのやり取りの間中、希美は終始俯いていた。





帰り道・・・

やはり僕たちは何も言葉は出てこなかった。





その夜、ルナちゃんからメールが来た。
病院からはメールができないからルナちゃんがすることになったのだが、その内容はとても簡潔なものだった。
明日の昼ごろ病院に来て欲しい、という・・・






次の日、僕は病院の前にいた。

不安、

それだけが僕の中にはあった。



「笹原さん、こんにちわ。こんなところにくるなんて暇してたんですか?」
「うん。ほら、大学祭終わって休みになったし」
「そうですか」
早川君は笑う。
いつもと同じように・・・

「お茶でも出しますよ」
そう言って早川君はベットから出てスタスタと冷蔵庫の前まで歩いていく。
「え、大丈夫なの?」
「なにがですか?」
早川君は笑顔で答える。
その笑顔が少し・・・怖く感じた。

「君は・・・・言っちゃ悪いかもしれないけど、病気を持っているんだよね?」
「何言ってるんですかー僕は元気ですよ?ただこの大学祭の練習とかで無理が続いたから倒れただけですよ」

僕は知っている。
トイレでの一件で・・・

今、その話をするべきなんだろうか。

・・・・・・するべきなんだろう・・・
そうしなければいけない気がする。

「ほんとうにそうなの?」

僕は真剣に聞いてみる。

「だから大丈夫ですよ。心配してもらってすいま」
「本当にそうなの?」

僕は真剣に聞く。
早川君は目を合わせない。

「何を言って・・・」
「君は・・・君の体はもしかして」
「何を言ってるんですかあなたは!!」

早川君にしては珍しく叫ぶような声で僕の言葉を制す。
しかし、その言葉は肯定の意味となる。

「何を根拠にそんなことを言うんですかあなたは・・・僕が病気だって・・・なんでそんなことを言うんですか」
声を落として言う。

そして僕は口を開く。
「君は・・・いつも定期的にある薬を飲んでいたよね・・・何かの発作が起こった時にも・・・」

「・・・・・・・・」

「僕は少しずつ気づいていたんだ・・・最初に会ったときもそんな感じだったし」

少し息をつく、そして・・・

「そして今回のこと・・・どうしても気になってしまうんだ」

僕は言葉をぶつける。

「・・・・・・・・・・・・」





沈黙・・・

ただ、病室内には時計の音のみが聞こえる。




最初に沈黙を破ったのは早川君だった・・・

「・・・だから・・・・・・頑張っていたのに・・・」

・・・・・・・

「だから・・・僕は・・・・・・!!」


早川君は涙を流す。
静かに、静かに・・・

「誰にも・・・誰にも知られずに行こうと思っていたのに・・・なんであなたは!!」











「知っていますよ・・・人の死が間近にあることくらい・・・わかってますよ・・・人はみな平等に作られているという言葉はうそだということを
 ・・・でも、何で僕なんだ。なんで自分がこんな目にあわなくちゃいけないんだって思ってしまうんです・・・世の中には僕より症状の重い人もいるんでしょう
 生まれてすぐにと言う人も・・・でも・・・何で僕なんだって・・・僕より悪い人が世界にはいっぱいいるのに何でそんな人じゃなくて僕なんだって
 ・・・自分でも醜いということがわかります。でも、どうしてもそんな感情が湧いてきてしまうんですよ!!」

早川君は頭を抱える。

「だから僕は人とは一定の距離を保ってきた。人と深くかかわりを持つことを恐れていた。相手が最後の時に悲しむとか・・・そういったことを頭に置いて
 自分を正当化していた・・・でも、実際には、自分の醜い部分を人にさらしたくなくて、いつも保身のために僕は生きていた。いや、行動していた・・・
 ドラマとかでよくこういった悲劇の主人公といったやつですか?それとは正反対なんですよ・・・僕の現実は・・・人のために、みんなのために尽くしていこう
 なんて思ったことは・・・あるといったらありますが、全ては自分のため、人との関わりを深くもてない役割をいつもしてきました。
 本当の自分をみんなに見せることが怖かったんですよ」



僕はこの時、何かに早川君は似ていると思った。
なんだろうか・・・


「この大学祭でもそうです。指揮者という立場で義務上の世話役のようなもので、まぁ点数稼ぎみたいなものですよね。欲が出るものでやっぱりみんなに
 覚えておいてもらいたいなーとね。最後にいい人だったと思われたかったんです。一人でも多くの人に・・・はは・・・」


力ない笑いはすぐに壁に消える。




静寂・・・






「君は・・・自分が偽善者だといいたいの?」
「そうです。僕は偽善者です」
早川君は笑顔で言う。
「笹原さん、驚いたでしょう?僕はこんな人間なんですよ・・・ただ自分のために生きてここまできました。このまま僕は生きていくんです。
 人を騙し、本当の僕を隠したまま・・・・あ、笹原さんには話してしまいましたね?他の人には話さないでくださいね」

そう、いつもの口調で言う早川君。









「今日、笹原さんに来てもらったのはただ、大丈夫だということを伝えるためだけでした・・・ですがもう知ってしまったならいいです。軽蔑したでしょう。
 もう僕には構わないで良いですよ。僕にとってもあなたにとってもそれはプラスになるとは思えないですしね。」

そして、早川君は冷たい声で言う。

「すいませんがお引取り願えますか?」


はっきりとした。丁寧な拒絶。
その言葉が僕に突き刺さる。
早川君はもう、僕とはあわない気でいるのだろう。






だけど、僕は・・・


「うん、わかった・・・またお見舞いに来るよ」

そう言って病室を出た。





僕は・・・早川君の全ての言葉を真実とは思えなかった・・・・・・


彼は・・・彼の生き方はそれで本当にいいのだろうか・・・






彼は何を思って生きているのか・・・



僕は人よりも死に対する考えを持っていると思っていた。

しかし、人の死に対しての考えを僕は今まで一つの方向からしか見ていなかった。
死に対する自己の死は?
生と死の葛藤があるのか・・・
よりよく生きたと思える人生を生きようとするのか・・・


その地に立った人にしかわからないであろう。





その地に立つことを容易に考えられるものではない。
僕に考えられるのはあくまで一般論。
実際どうなるかなんて考えられない・・・





僕は早川君に対して何もできない・・・
悔しいけれども、それが現実・・・



せめて・・・友人として・・・これから僕は接していけばいいのだろうか・・・





そんなことさえわからなかった。

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