BATON 
ガラガラー・・・ゴン!!

勢いよく開けすぎて扉が跳ね返りまた閉まる。

「・・・・・・」
「・・・・あ・・・・」
「あははははー失敗失敗〜」

希美はさっきより力を抑えて引き、戸を開ける。
病院の物は全部力があまりなくても開け閉めできるようになっているらしく、力加減を間違えるとこうなってしまうらしい。

今度から気をつけておくか・・・

「ん?よぉササ」
中には・・・長瀬君とルナちゃんがいた。

希美の顔を見るとちょっと引きつっていた。





〜告白〜





「皆さんいらっしゃいませー」
郁人君はコンビニの店員、もしくはレストランの従業員のごとく挨拶をする。
「ご注文は何になさいますか?」
郁人君もその気だった!

「お前たちもお見舞い?」
「うん、長瀬君も?」
「ああ」

長瀬君は今まで郁人君と話していたらしく、椅子に座って果物を食べていた。
って果物は十中八九、郁人君のものだ・・・

「それって郁人君のじゃあ・・・」
「もらった。すっげーーーうまいの」

もふもふと食べ続ける長瀬君。
なんか動物で似ているものを思い出す・・・
ごりr
「裕之さん達も食べますか?」
そしてバナナを差し出す郁人君。
「い、いただきます」
希美は手を出して受け取る。
受け取るのか・・・




かくしてみんなでバナナを食べる変な集団に・・・

(もふもふもふ・・・)

会話は無い。みんな食べてるから・・・
微妙な空気だ・・・




「さて・・・これからちょっと話をしましょうか」
郁人君が話を振ってくる。
妙に身構えてしまうのはやはり僕も緊張しているからだろう。


それからどれくらいか世間話や、学園祭の後での出来事、今の状況などとりとめも無い会話が続いた。
いろいろな人と雑談をする。
そんな行為は気を紛らわすためと言っていいだろうしかし、話していくごとに言い出すタイミングが失われていく。
しょうがない、ことがことであるものだし、第一今日じゃなくともいいんだ。
しかし、一番気を落とすのは間違いなく希美なんだろう。
知ってもらうことの恐怖、知ってしまうことの恐怖、何も知らない恐怖。
どれが一番やさしいものなのか・・・
それは誰にも、本人にもわからない。



「それじゃあ、俺、ちょっと飲み物買ってくるわ」
長瀬君は席を立つ。
今まで座っていたのが恨めしい・・・
体育会系の体をしておきながらずっと座っているとはいかがなものか。

「あ、僕もいくよ」
おそらくここがタイミングだ。
だが、ここでみんなついてくるということになったらかなり怪しいんじゃないか?

「えーと、私も行きます!!」
アケミちゃんはバナナの皮を握り締めながら言う。
バナナの臭いが手に・・・
「じゃあ、私も・・・」
ルナちゃんもついてくる。


あからさまだ・・・

「しょうがないなぁ、希美は残ってるよ〜」

自らグッジョブ希美!!
っていうか気づいてないのか気づいているのか微妙なんだけど・・・この妹・・・

そして僕らはそそくさと病室から出て行く。
出て行く途中、廊下にいた人たちから何事かと訝しげな視線を感じたのは気のせいだろう、きっと。





そして本当にカップのジュースを飲んでいる四人組。
どうでもいいけど、一人だけペットボトルのスポーツ飲料飲んでいる長瀬君はいったい・・・

「こういうとこって普通お見舞いに来た人は普通の飲み物飲まない?」
「ん?これ、普通の飲み物だろ?」
「それって塩分などの補給のためにおいてあるものだと思いますけど・・・」
「マジ?」
「いや、たぶん」
「ですよね?そう思いますよね?」
「僕は思うけど・・・」
「ははははは・・・」

そのほか女子+僕はコーヒー類。
その場で作ったような温かい飲み物。
なんか得した気分になるのは僕だけだろうか・・・

「紙コップの飲み物を買ったということは・・・」
アケミちゃんはボソッと言う。
「やっぱり・・・アレをしたいですよねぇ」
ルナちゃんはアケミちゃんに同調する。
何がなんだかわからないんだけど・・・
「裕之さんもその口でしょう」
ふっふっふ、と笑う二人・・・

なんか話が読めないんですが・・・
「さぁ・・・これを飲み干したところでたぶんいい具合に聞けると思うんです」
いつもと違うアケミちゃんの様子に少しばかりの恐れを感じる。
「あっそうか!!くっそー!!俺も紙コップにしときゃよかった!!」
長瀬君は気づいたらしい・・・
・・・なんなんだろう・・・

ってか長瀬君はもう500mlのペットボトルを片付けていた。
体積が違いすぎる・・・

「さぁ・・・笹原さんも当然しますよね。聞き耳〜」
「壁に耳あり〜」


なんとなく想像はついた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








僕ら四人組は郁人君の病室の前まで忍び足で戻ってくる。
洗った紙コップ所持(一人ペットボトル)で・・・

そして僕らは身を寄せ合い一つの小さな扉に張り付いて紙コップ(一人ペットボトル)を耳に当てる。
そして息を潜め中の様子を探る・・・











「・・・これで僕の話は終わりです・・・これまでの僕がどんなことをしてきたかがわかったと思います・・・」
希美は郁人の話を聞いていた。
今までの記憶と今までの自分の行為の意味。
そして郁人自身の状態を・・・
ただ黙って、相槌も打たずに聞いていた。
希美の手はひざの上でとても硬く握られていた。

少々の沈黙の後、希美は口を開く。


「あなたは・・・ほんの少しでも考えなかったんですか?・・・ほかのひとの気持ちを・・・」

その言葉はとても意をついた質問だった。
郁人は人のために今までほかのひとのためにしたことはたくさんあるが、それは自分のためになることがすべてだった。
自分の醜い思い。
それを隠すための行為でしかなかった。

「僕は・・・少しは考えていた」

それは何のためか・・・

「それは残っていく人たちのために僕のできることは何かと思って生徒会長とかいろいろしてた」

それは・・・

「残る人の記憶にとどまるように、そして最後の時、必要以上に悲しまないように・・・そうやって生きてきたんだ」




「あなたは残る人の気持ちを考えてない!!」



希美の声が病室内に響き渡る。
いつも大きな声で元気にしゃべるのだが、このときばかりは悲痛な叫びであった。

「あなたは・・・残る人の気持ちがわかってない!!なんで!?何でそうも自分を隅に追いやるようにしてるの!?おかしいよ!!人より頭がいいのに!!
 人より一生懸命なのに!!人より・・・ほんとはやさしいはずなのに!!」

ここまで希美が怒ったことは今まで一度も無かった。
人のために怒る。
それがこれほどまでに悲痛なことであるとは。
希美は少し落ち着いてからこう続ける。

「最後に悲しまないようにって言いますけど・・・それはただあなた自身から考えてだけです!!私たちは・・・悲しみたくないなんて考えるはず
 無いじゃないですか!!誰だって大切な人がいなくなることに悲しみを感じたいに決まってるじゃないですか!!感じたくないなんて人は臆病な人です!
 私は・・・すべてを感じたいです!!悲しみも!!・・・絶望も!!・・・・・・喪失感も!!・・・・・・」

希美はそういった後、両手で顔を覆う。
とめどなく流れる物は抑えようもない。

全てはもう決まっていることだった。
確かな治療法も無く、抗生剤もただ体の機能を抑えて寿命を延ばすだけだった。
あと半年で、確実にこの世から郁人はいなくなってしまう。

「悲しみも・・・明日に生きる糧です・・・」

しかし希美は何ができるだろう。
この人のためにできることは何も無い。
そのことが悔しくてたまらなかった。
ただ、郁人からいくつもの感情が与えられるだけであること・・・
それが希美を締め付けていた。

救いは無かった。

「私は・・・あなたが大事なんです・・・突き放さないでください・・・あなたのそばにいさせてください・・・お願いします。お願いします・・・」


希美は願った。
ただ、そばにいることを・・・

「希美さん・・・」

郁人はこれまでに考えもしなかった。
残される人の気持ち。
残される人の感情の意味を・・・

ただ悲しいだけじゃない。
ただ絶望するだけではない。
ただ、喪失するだけじゃない・・・

言葉では語れぬ想いがそこにはあった。



「ごめん・・・ごめんなさい。希美さん・・・あなたにこんなことを言わせてしまって・・・」



「私は・・・ある人の話を知っています・・・大切な人をなくしてしまった人の話を・・・」




その話は、ある少年の話だった。
身長が低くて、女の子とよく間違えられる少年の話。
その少年と、とあるフルート奏者の話・・・




「・・・その人は・・・」
「今でも心に傷を大きく残しています。いつもみんな以上に頑張って生きている人です。愛想笑いが少し苦手な人です。雰囲気を作ってくれる人です。
 ・・・そして、人の気持ちをよくわかってくれる人です」
希美はその少年とずっといた。
依存しているとも言えたが、その人はいつも人のことを、自分のことを考えてくれていた。
その人は自分のことよりも人のことをずっと見ていた。

「私はその人のことがとても誇らしいです。とてもうれしかったです。そして私もそうなりたいと思ってました」







「あなたはその人と考え方は違うかもしれないけれど、とても似ています・・・」

希美は郁人に顔を向けて笑って言う。





「あなたの生き方、あなたの考え方、あなたの行動で私はあなたを好きになったんです。早川さん・・・」

そして姿勢を正して希美はこう続けた。



「こんな私でいいのなら・・・付き合ってくれませんか?」





ああ、自分をこれほど思ってくれる人がかつていただろうか。
自分の醜い部分をさらけ出してもなお好いてくれている。
郁人は感情が抑えきれなくなった。
目からあふれ出る涙。
今まで流した涙とは違う、嬉し涙。
止まることは無かった。止まれとも思わなかった。


「ぼくからも・・・いいですか?希美さん」

「はい・・・」

希美は笑顔を郁人に向ける。
郁人はその笑顔がまぶしく見えた。

「僕は、高校のころ一人の女の子を見ていました」


その女の子はいつも明るく、彼女の周りには笑顔が絶えなかった。
みんなを喜ばせるという不思議な力を持っているようにも見えた。
僕はそんな女の子のことがとてもまぶしく見えた。
僕には無いものをたくさん持っていて、いつも本当の笑顔を振りまいていられる・・・
憧れのようなものだろうか・・・
知らない間に僕はそのこをいつも気にしていた・・・




「それって・・・」

「希美さん・・・」

「はい・・・」

郁人は姿勢を正し、希美を正面に見る。

この言葉を発して希美は喜ぶだろうか・・・
最終的に悲しんでしまうのは希美である。
しかし、郁人の心の中はもう決まっていた。
今の希美の事を、残される希美の事を考えて・・・

「僕は・・・あと少しでいなくなってしまうけど・・・何もあげられないかもしれないし、何もできないかもしれない・・・・・・
 何も・・・何も残せないかもしれないけど・・・」





「僕はあなたが好きなんです・・・もしよければ・・・ずっと僕のそばにいてくれませんか?」






その後、二人は何も言わずに抱き合った。










「お兄ちゃんたち・・・遅い・・・ジュース買いに行くのにどれだけ時間をかけてるの」
「い、いや・・・あの・・・ちょっとカップ自販機の業者の人が来ててどうやってジュースを自販機に入れるのかなーと見ていたんだ。
 なるほどなー、あんな感じで入れてたんだなー意外ーって感じだったよ」
われながらうまい嘘が言えたと自分で思う。
「えっホント!?後で教えてね!!ちょっと気になってたんだー」
墓穴を掘った・・・
後でネットで調べておかないと・・・

「あれ?アケミちゃんは?」
「な、なんか目が痛いからってトイレにいったよ」
ほんとは涙流しっぱなしで目が赤くなってしまったからだ・・・

「ルナはなんで裕之さんに張り付いてるんですか?」
「いや・・・なんでだろうね」
たぶん、郁人君たちの話と、少し僕の話が入ったために、衝撃が多かったんだと思う。
おかわいそうに〜と言いながらアケミちゃん以上に泣いていて、今も止まらないらしく、僕の服の袖が水につけたみたいになっている。

「あのでかい人は?」
希美はそっけなく言う・・・
たぶん・・・いや、絶対に長瀬君のことだろう。
「巨人は宇宙へ旅だった。何でも地球には一日五時間しかいられないらしい」
「いや・・・俺となりにいるし・・・ってか俺スーパーマンかよ!!」
「それ言うならウルトラマンだよ!!」







「それじゃ、もう面会時間が終わってしまいますね」
郁人君は時計を見ながら言う。
見てみると確かに面会時間が終わる五分前くらいだった。
「あ、ホントだ。じゃあそろそろ帰るかー。んじゃ、またなー」
「お邪魔しましたー」
「それじゃ、また明日迎えに来るかもだから」
そしてみんなは病室を後にする。
明日退院であるから準備などもあるだろう。
希美と郁人君以外が病室からいなくったと気僕は口を開いた。

「君たちには時間があるから・・・僕には無かった時間が・・・ある意味辛いかもしれないけど」


僕はそれだけ言った。
それが僕にできることなんだろう。
いつまでもここにいちゃいけないんだ・・・僕も・・・


「はい・・・ありがとうございます。裕之さん・・・」
「うん!!」

二人ははっきりと答えた。
この二人なら大丈夫だろう・・・
後悔の無いように・・・残された時間を無駄にすることなく使っていける・・・

「ってお兄ちゃん!!?話し聞いてたの!?」

・・・思ってみれば僕は隠す必要も無かった。

「聞いてた・・・ってか人の話を勝手にしたから五分五分ー」

そう、自分の話を勝手に持ち出されたりしたんだしー
「うう・・・」
「はははははは」

郁人君が笑う。
つられて僕らも笑う・・・


僕はそう思って病室を出て行った。



せめて・・・残された時間の全てを幸せに・・・


喜びも悲しみも・・・全てが二人で共有できるように僕は切に願う・・・小説トップへ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送