BATON 
あれから幾らかの月日が流れた。


郁人君は大学にまた通い始めた。
時々体調が悪くなることも有るようで、その頻度も徐々に増えている。
だが、僕たちと一緒にいるようになってからはいつも笑顔でいるような気がする。
ルナちゃんの言うことによると、「ここまで生き生きとしたお兄ちゃんは久しぶり」らしい。
その言葉が聞けてとてもうれしかった。


希美やアケミちゃんの受験も架橋に入り、家に帰るなり、ソルフェージュ、鍵盤楽器の基礎科目などを勉強している。

もちろん実技も忘れずにしている。
正直、フルート以外はそこまで詳しくないからアケミちゃんには悪いことをしているような気もする。

そのほかの人はいつもと変わりなく過ごしているらしい。
しかし、郁人君の境遇を知った人も中にはいて、よく話しかけられたりもするようになった。
いつもと同じとはいっても少しずつ変わっていく事が何かを感じさせる・・・





〜幸せ〜




季節は冬となり、町は一面雪に覆われてていた。
「ううう〜・・・寒い・・・」
僕は家から出るなりそう独り言を言う。
言葉を発することで何も変わらないけど、寒さを忘れられる。

「すいませ〜ん、裕之君〜まってくれますか?」
翔子さんが玄関まで小走りでやってくる。
「何ですか?」
「アケミちゃんたち、今日から短縮でしょ?だけど間違えてお弁当作っちゃったんですよ〜」
「はい」
「だから、これ持っていってもらえますか?」

と、少しファンシーな布にくるまれた弁当箱を手渡される・・・
・・・なぜにふぁんしー?

「あっあの・・・すこーし言いにくいことなんですが・・・弁当包みがなんていうか・・・そのー」
「あっ、かわいいでしょ〜?今話題のドロックマですよ〜」

いや・・・この絵柄は知っている・・・
数年前に話題になったグッズのとある熊のキャラクター。
どろっとしていて一見奇怪だがよく見れば愛着があると言う何ともいえないキャラクターで一部の人間の中ではコレクターまで現れた代物。

「それより時間あまり無いですよ〜」
「あっ!!自転車・・・っは使えないか・・・じゃあダッシュでいってきます!!」
僕は弁当袋を受け取り走り出した。

「足元に気をつけてくださいね〜」

ズルッ


こけた・・・








一限目の授業も終わり、次の授業までの空きがあるのでいつものとおり練習室へと行くことになった。
もう今日くらいで、自作の曲が完成しそうでもあるのでちょっとうきうき




・・・なんかさっき頭の中で古い言葉を使ったような・・・


ピアノの音で音を調節する。
音をください。
とかいつか言ってみたいなーとか思ってるのは僕だけだろうか・・・
なんか・・・当たり前のことなんだけど、できる!!って感じに見えるんじゃないかなーと思ってみたりもする。
オーケストラとかそういうところに行ったりしたらできそうなんだけども・・・
いや、できないか。
うーむ・・・

別にいいか、はじめるとしますかー。






「よし!!完成だー」
一つの曲にここまで入れ込んだことは無かった。
しかし、結構上出来なんじゃないかとも思える出来栄えとなった。
作曲家(科)の人に見せたら何か言われそうだけどこれで僕は満足した。
曲調は明るく、どことなくあの曲と雰囲気が似ているかもしれない。
自分でもできたことはちょっと驚きだったりする。
この曲の題名は・・・どうするかな?
うーむ・・・
ま、いいか、ひとまず通しで一曲やってみてからで・・・

そっとフルートを構え、僕は歌口に唇を当てる。





「・・・ふぅ・・・」
吹き終わった。
達成感が体から溢れてくる。
充実感といってもいいだろう、そういったものに体を動かされるような感じ。
僕が少し余韻に浸っていると、扉の開く音がした。
そちらのほうを向いてみると、嵯峨野さんがいた。
「いい曲ですねー。自作ですか?」
中に入りながら嵯峨野さんは聞いてくる。
「うん。そうなんだー。なんかいきなりイメージが浮かんできてね、1・2ヶ月くらいで仕上げたんだけど」
「なんかすごいですー・・・私にはできそうにありませんねー」
「そんな、ご謙遜を」
と言いながら笑いあう。
というか・・・自分の曲が聞かれるのってちょっと・・・って言うか結構恥ずかしい。

「なんていうか・・・みんなには内緒にしといてくれないかな?」
「えっ、でも、わるくない。むしろとってもいい曲だったんですけどー」
「このとおり!」
僕は手を合わせてお願いする。
「でも・・・もうみんな聞いてますよ」
「へっ?」
僕は声にならない変な声を出し扉の向こうを見てみると・・・
郁人君、長瀬君、小津さん・・・いつもと違い児島さんまでいる・・・

・・・つまり・・・何ていうか・・・ねぇ・・・






「先輩あんなこともできるんですねー!!いやー感動ですよー。なんか明るい曲でしたしー!」
児島さんはいつもどうりだ。
元気を分けてもらいたいくらい元気だ・・・
正直照れるんですが・・・ほめられると・・・・

「ササ、こもってしてたことってこのことだったのか。全然知らなかったなぁ・・・」
知る気もなかったくせに・・・とか思ってみたり。
「でもいきなりなんで作曲なんて?」
郁人君は疑問をぶつけてきた。
「いや・・・ふと曲を作りたくなって・・・楽奏が頭の中に浮かんで」
「先輩すごいっすー!!」

・・・児島さんは元気だ・・・

「で、ササ先輩。その曲の名前は?」
小津さんが聞いてくる。

「正直言ってまだ決めてないんだよね・・・なんとなくは決まってるんだけど・・・」

「まぁ続きは食堂で話しましょー」
嵯峨野さんは先頭に立って歩き出す。
時計を見ると、もう昼休みになるころの時間だった。
みんな二時間目なかったんだよね?
そうなんだよね!?







と、いうことで食堂。

「ところでササって何で中国語の授業受けてたんだっけ?」
「いや・・・受けてないよ。授業中に先生がいきなり中国の楽器の話から中国語口座の話に移っただけで・・・」
「ふーん・・・そうか」
などと話していて気がつく。
「あ、僕弁当だった」
「じゃあせきとりお願いしますねー」
「はーい」
僕は空いている席を探す。
とはいうものの、席は大体空いているのでとり放題、別にセキトリなんて必要なかった。



五分後みんなが来たので弁当箱を・・・

・・・荷物の中で包みをとり、テーブルに出す。

「うわーかわいい弁当箱だなー」
小津さんはここぞとばかりに突っ込む。
弁当箱は少しピンク色がかった二段の弁当だった。
しかも普通のと比べて少し小さい・・・

「サイズに合わせてるんですよ」
長瀬君がなぜか説明口調で言う。
「あ、やっぱりそうなんですか」
郁人君がそれに乗っかる。
このように郁人君も遠慮と言うものがなくなった。
とても喜ばしいことだけど・・・今は喜ばしくない。

僕がむすっとしていると長瀬君の大きな手が僕の頭にのしかかる(←重要)

「ほらほらー、そんなむすっとした顔をしてるとお父さんのように大きくなれないぞ?」
だれがお父さんだ。
「それはともかく・・・」
長瀬君の顔がうつむく・・・
何事かと思うといきなり顔を上げて僕の襟首をつかむ。
そして鋭い眼光を光らせ。
「この弁当は誰の(つくった)ものだー!!」
はっはははははっ迫力が!!
怖い!!
「いや・・・アケミちゃんか希美の(どちらかが食べる)ものだったんだけど」

長瀬君は崩れ落ちる・・・
認めたくないことだけど僕もその力に負けるしかなく一緒に崩れ落ちる・・・

「そうなんだな・・・時代は身長の低いやつの時代なんだな・・・この正太郎!!正太郎コンプレックスの百戦錬磨やろうが!!」

いや、何を言ってるのかまったくわからん。
「ま、まぁ長瀬さんは置いといて・・・弁当あけてみませんかー?」
嵯峨野さんが興味ありげに聞いてくる・・・
みんな何を期待しているんだろうか・・・目に輝きが増しているような気がする。
いや・・・この(気の)小さな男にそんな視線を向けないでください。

ぱかっと弁当をあけてみる。
そこには普通の弁当らしく、おかずのバリエーションは玉子焼き、ウインナー、ほうれん草の甘いやつ(←名前をしらない)ミックスベジタブル、焼きさば
(申し訳程度)・・・
結構いいよね、こういうの。
二段目、あけて・・・閉じる・・・

なにさっきの・・・
「開けてしまえ!!」
長瀬君は弁当箱の二段目(一番下の部分)を開ける。

そこのご飯には鮭フレークで何か書かれていた。



『パー○ッション頑張れ〜♪』(丸の部分は崩れている)


「パーミッション!?」
「パッションだねぇ」
「パッションですか」
「パッションっすかー」
「パッションって何ですか?」
「僕が聞きたいです」




僕らはご飯を食べながら雑談を興じた。
たぶん○には『カ』が入ってたんだと思うけど・・・



「あ、さっきの曲ですが、曲名何にするんですか?」
郁人君は興味深げに聞いてくる。
あの曲のイメージとしては・・・
「明日へ向かって・・・みたいな感じで作ったんだけど・・・なんていうか、希望に満ちた明日?」
「あ、それってなんか聞いたことありますねー・・・なんでしたっけー・・・」

嵯峨野さんは少し考え込む・・・そして・・・
「数年前の〜映画に似ていませんか?あの・・・なんて言いましたっけ?あの・・・パーカッションだった主人公が事故かなんかで・・・
 さっきの弁当の文字ってパーカッションだったんじゃないですか?」
と嵯峨野さんが言うとみんな「あ〜」という声を出して納得しているようだった。

そして十秒後。

「パーカッションだった主人公が・・・」
何事もなかったように言葉が続く。
「事故かなにかにあって片手がうまく使えなくなって指揮者を目指すって話ですー」
「ありましたね、なんでしったっけ・・・ええっと・・・過去のことは今のこと・・・でしたっけ?そして今は未来のため、でしたっけ?」
「あ、それ聞いたことある!!映画の題名は、ええっと・・・あれっ?」
みんな考え込む・・・
そこで小津さんは何か思いついたらしい。

「そうだ。BATONだ・・・」
「「それだ!!」」

明日へとつなぐバトン・・・
未来へとつなげるバトン・・・
そのバトンは見えなくとも、誰かへちゃんと繋がっていく、受け継がれていく・・・






「じゃあ、この曲の名前は『Baton』・・・ということで」

「あ、後で写させてくださいー!大丈夫です!著作権はもう笹原さんのものですからー♪」
嵯峨野さんは言う。
気に入ってくれたんだろうか・・・
ならば僕もとてもうれしい・・・

「あ、私もお願いしようかな」
珍しく小津さんも参加してきた。
「わたしもー!!」
パートが全く違うけど児島さんも乗ってくる。
「俺もくれ」
長瀬君も・・・そりゃあもーーーのすごく珍しくこのスコアを欲しいという。

「僕もいいですか?」
郁人君も言ってくる・・・


「うーん・・・まだちょっと直しが入るかもだから・・・みんなで指摘してもらっていいかな?」
「それ面白そうですねー。わかりましたー!了解ですー」
「OK、私も頑張るよ」
「この曲に歌詞をつけるとかしたら面白そうですけどね!!」
「じゃ、おれは俺のパートを考えてみるかー」
「僕は指揮の練習とかですかね」

みんな顔をあわせて笑う。

「こうしたらなんか小さなオーケストラみたいですねー」
「弦楽器の人、全然いないけども」
「俺が見つけてこようか?結構知り合いいるぞ?」
「いっいやっそんなたいそうなものじゃあ」
「いいですねー。いつか僕もこんな自分たちの曲でミニオーケストラの指揮したいですねー」
「ああぁぁぁ・・・・」
「ピアノは少し自信がありますよ!!声楽かピアノか迷ったくらいですし!!」


なんかそう考えるととても恥ずかしいんですけど!!

「それじゃあ早速行動です!!」
「もちろん作曲:笹原裕之とつけてですねー♪」
「・・・もういいや・・・誰が作ったのでも・・・」
「それはだめです。ササ先輩が書いたんですから」

・・・どうでもいいけど普段の小津さんって結構さめてるんですね・・・
パフェコンの時とは人が違うんですが・・・

「さあ・・・皆さん食べ終わったみたいですし・・・五線譜を見せてもらいましょうか・・・」
長瀬君がにじり寄ってくる。
「ううう・・・」








家に帰ると・・・

「お兄ちゃん!!さあ、『Baton』を渡すんだ!!」
「私にもくださいね」

たぶん、郁人君か嵯峨野さん経由だろう・・・
うん・・・予想できた・・・
僕って・・・やっぱ巻き込まれやすいですか?







部屋に戻りもう一度完成した曲を見てみる。
何でこんな曲を作ろうと思ったんだろう?
・・・自分のためそれとも誰かのため?
いや・・・きっと全部のためだ・・・
自分自身も書きたかったし・・・












『やっふー』
頭の中に響くようなすんだ声・・・
「また先輩ですか」
『あ、先輩禁止令』
「はい、すいませんごめんなさい」
僕はいつの間にか眠ってしまったんだろう・・・
時々こんな明晰夢を見る。
先輩と話をする夢・・・
でもその会話は全てを知っている先輩がいて・・・
とても気持ちがいい。
『よろしい、今日はちょっと最初に注意をしようかと思ってますってかこれはすぐにしたら良かったのですが』
「え、なんですか?」
『まず、結構前の話ですが金属はあの中には入れてはいけません』
「・・・・ああ!!あの時の!!」
『あのあと無事回収されたからいいけども・・・今度からはしちゃいけないんだからね!』
「OKです。わかりました・・・その時はなんか気がつかなかったんです。」
『よろしい!』
満足そうな顔をして話を続ける。

『それにしてもよく書けたね・・・うん、さすが私の見込んだ男だ!』
「そんなこと・・・いままで言われたことないですよ。」
『今始めて言いましたしねー』
「はははは・・・」
『あの曲はホントいい曲だよ・・・今の君の全部が入ってるような・・・』
「いや・・・みんな言いすぎなんですよそんなこと・・・」
『いやいやいやご謙遜をーホントいい曲だから・・・これからも頑張るようにね!!』
「はい!肝に銘じておきます。ってかいつでも頑張ってます」
『うむ!!一挙一動を私が見てるから存分に暴れるがよい!!』
「いや、暴れませんてって言うか見られてるんですか!?」
『うん♪』
「こんどから恥ずかしい行動は控えよう」
『面白いのにー』
「はははは♪」
『さて・・・もうそろそろ今回のは終わりですねー』
「あれ?もうですか?」
『そうです。私は忙しいのです』
「いっつも逃げてるって言ってませんでしたっけ・・・」
『うるさい黙れ』
「はい・・・」
『アナタは・・・ヒロは・・・今、幸せですか?』

いつも何かあったとき最後に聞いてくるこの質問。
僕は胸を張ってこう言おう。

「はい・・・僕は幸せです・・・」


『よろしい!!ではまたいつか会いましょう』
「わかりました。あと、質問、二ついいですか?」
『はいはい、私にわかることならねぇ・・・』
なんでおばあちゃん口調なんだ?
「一つ目はなんで先輩は17歳のころの姿なんですか?」
『それは・・・君の想像力が足りないからだよ』
「いや・・・すいません。二つ目はいつからヒロ、と呼ぶようになったんでしょうか?」
『・・・あははははーばれた?』
「いや、そっちのほうがうれしいですけど」
『ま、そっちがケイならコッチはヒロでしょ』
「普通そうですね」
『もうOK?じゃ、はじめましょうか』

いつも最後の瞬間はフルートを吹きながら終わる・・・
なんか都合がいいな・・・と思ったのはいつものことだ。

今日は・・・
『おお!フルート二つだね。やっと君のが出てきたか』
「へ?何でですかね?」
目の前を見ると二つのフルートが置かれている。
『君のパートナーの仕事は終わったか。うん、私のフルートとアナタのフルートは違うってことだよね』
「そう・・・かもしれませんね」
『ちょっと悲しいけど・・・うれしい気持ちが勝ってるかな?』
「何ですかそれは」
『気にしない気にしない♪さ、行くよー。今日は・・・ヒロの曲にしますかー』
「・・・さすが新しい物好き」
『何 か 言 い ま し た か ?』
「いいえ、さっはじめましょう」
『そうだね♪』


そして二人の音楽が始まった。
いつもとは違う感覚が体の中にあふれてくる・・・

僕らは目を合わせて微笑みあった。







『さ・・・これから君のとっても大きな仕事が始まるんだ・・・挫けず・・・いつも前を向いて歩いていくんだよ』



最後にそんな言葉が聞こえたような気がした・・・


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