BATON 
僕らはその時を楽しんだ。
いつも笑いあった。
どんな時もみんなの顔には笑顔しかなく。
どんな時も一緒にいた。






BATON

希美とアケミちゃん、サトシ君の受験が終わった。
結果は見るまでも無く、順調に行ったとかでみんなリラックスしていた。

でも少し驚いた。
サトシ君の受けた学校は普通の学校だったが、それはこの家からはとてもはなれた都心に近い高校だった。
しかし、翔子さんや尚人さんは何も言わずにそのことを快く受け入れた。
何があったのかはわからないが、サトシ君には強い意志が感じられた。




そして合格発表。
いくら順調に行ったと言われても、その日は緊張するものである。
三人とも同じ合格発表のときということで、朝の食卓には会話が無かった。
アカリちゃん以外は無言だった。


「と、言うわけで学校へ行ってくる!!」
「いってらっしゃーい」
アカリちゃんは小学校へ行った。

こうして本当に小林家の食卓ではテレビの音しか聞こえなくなった。

なんかこういう空気って・・・



・・・・触らぬ神に祟り無しって感じっていうか・・・なんていうか。



とそうこうしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「はいはいはい〜」
翔子さんは玄関へと向かう。
こんな状況でも普通でいられる翔子さんはすごいと思った。
・・・なれることができる状況じゃないっていうのに・・・

「はーい、サトシちゃん。郵便が届きました〜」
翔子さんの手には分厚くなった封筒が握られていた。
これは・・・


「うん・・・」

身長に開封していくサトシ君・・・
みんなが息を呑む・・・

その中から取り出された紙の束を開いてみる。

「・・・・・・・?」
サトシ君は変な顔をしている。

「どっどうだったの?」
僕は恐る恐る聞いてみる・・・
するとサトシ君から意外な言葉が帰ってきた。

「自分の行く高校の寮の駐輪場は停める数が限られているので早めに許可を取るように・・・だそうで・・・」
「ってことはつまり?」
僕らも少し混乱する。

サトシ君はもう一つの紙を封筒から取り出す。

「ええと・・・周辺食べ歩きマップ・・・『この券はどこの店でも有効!!どんなものでも200¥引きに!!』?」

僕はなんとなく感づいた。

「えっと・・・ああ、合格です」

今までが今までだっただけに合格ってことがわかっていたのであまり喜びがない・・・けども合格は合格である。

「よかったね!!努力が実を結んだんだよ!!」
僕は喜びの賛辞を与える。
他の人たちにも笑顔になり、サトシ君に声をかける・・・



少しだけ僕の胸もラクになった・・・


「これで・・・俺も行けるんだな・・・」
サトシ君は噛締めるように言った。






ところ変わって大学に、

受験生の二人はこれからある数字の羅列を見ることになる。
それはただの数字でありながら、喜びも悲しみも秘めた数字であり、それを見たものは歓喜するか・・・はたまた・・・


ってか早い話合格者番号なんですけどね。
こんなことでも考えていないと、僕の身が持たない・・・
周りが怖い・・・


こうしていると数年前を思い出すな・・・
あの日僕はひとりで見に来たんだっけ・・・



・・・ってか来年度から僕はどうするんだろうか・・・
小林家での役割が極端に減ってしまうのでは・・・
まず、僕は家庭教師みたいな感じの位置づけであって、居候させてもらっていると言うことでー
うーむ。


と、そうこうしているうちに受験生の波に僕はさらわれた。
「なぁーーーーー!!!」
なすすべもなく流れていく僕・・・
ああ・・・もう少し身長があれば全体を見渡せていいんだけど・・・
「裕之サーン!!」
「あ、お兄ちゃんが流れていった」

「あ、後であいましょーーーー」
僕は逆らうこともできずに、ただただ波に身を任せた。




波が収まると、僕はぼろぼろになっていた・・・
結局最初にいた結果の見えるポジションからは数メートル離れた場所まで流されていた。
く・・・これが戦力差と言うものか!!

僕もこの数ヶ月で身長は伸びた!!
だから普通の人と同じくらいかそれ以上で戦えるはず!!(この場合男の人は除きます)
ましてや音大の人たちに負けるなんて!!(棚に置く行為)



・・・まぁ・・・伸びたのは3cm程度で止まったけど・・・


これはもう、波が収まるまで外にいなきゃだね。
そうしないと僕がつぶれる。
ってかつぶれるまでにも至らない外側の鉄壁が・・・


待っておこう。それがいちばんだ。
僕はキャンパスに設置してあるベンチに腰掛けた。

するとそこに・・・

「僕もとなりいいですか?」
と言うとても礼儀正しい青年が・・・
「・・・寝てなくていいの?」
「ええ、今日は調子いいですし、休みはずっと寝ていると言うわけでもありませんからね。しかもいつも希美さんに連れ去られてます」
「ははははは・・・」
郁人君は本当にいい顔をしている。
今までの笑顔もそうだが、日に日にいい顔をするようになっている気がする。

それはきっと、希美や、いろんな人たちのおかげだ。
今までの中で一番の思い出を作っていけたらと思う・・・



「ただいまー」

二人ともがあの激戦区から逃げのびてきた。
手には何か持っている。

「ついでに入学手続きも済ませてきましたー」
「はやっ!!」
「しかも!!一番乗り!!」

ってか合格ってこと伝えられてもいないんですがー
もっとうれしそうにしないのかね・・・この二人は・・・

「合格おめでとうー」
僕は一応言ってみた・・・



そうすると二人は動きを止めた。


「どっどうしたんでしょう?」
「さっさぁ・・・」


・・・数秒後

「「ありがとー!!」」

二人はうれしさが抑えきれなくなったのかすごい笑顔で返してくる。
そして思いっきり希美は郁人君に抱きついた。

「コレで私はまた郁人さんの後輩ですー」
「えっと・・・あの・・・はい、そうですね・・・」

貴重だ・・・郁人君がしどろもどろ・・・
「これで念願の一緒に登校ができますねー」
「ええ!?いつ僕がそんなことを!?」
「私がしたいんですよー」

なんとささやかなことか・・・
と言うか妹よ・・・大学で通学時間が一緒になることはあまりないぞ。
ましてや学年違うし・・・

「裕之さん」
僕が郁人君たちの様子を見ているとき、アケミちゃんが話しかけてきた。
「この一年本当にありがとうございました。おかげでこの大学に入ることができます・・・」
「まぁ、ギブ&テイクって感じだったしね、僕の肩の荷もおりたって言うかなんていうかで、なんていうかええとなんていうかで僕もうれしい
 と言うかなんと言うかで、よかったねということで」

まったくもって言葉の整理ができていない。

「クスクス」

案の定笑われている。
コッチが恥ずかしいよコレは。

「本当にありがとうございました!!」

笑顔を向けながら右手を差し出してくる。
「どうも・・・ね」
僕も右手を出しその手を握る。

「これからは先輩後輩って感じですね」









大学の正門には、長瀬君と嵯峨野さんがいた。

「おーっす!!その様子だとうかったみたいだな!!」
長瀬君は二人を見ながら言う。
こういうときだけ空気の読める人でよかったと思う・・・
逆だったらどうしていたんだろう・・・

「よく頑張ったねー、希美ちゃん、アケミちゃん」
嵯峨野さんはいつもの通りだ・・・
この一年でものすごくおっとりした性格になったような気がするのは僕だけだろうか?

「そうですよーもうばっちりでした♪」
心なしかいつもよりもアケミちゃんが気さくだ。
それもそうだよなぁ・・・
「・・・・・・」

なぜ希美は長瀬君がこうも苦手なのか・・・
謎だ・・・僕は結構いい人と見えるんだけども・・・



あ、女の子だからか。
納得。


「お前なんか結構失礼なこと考えてないか?」
「いいえ全く」







お決まりのコースでカラオケやらボーリングへと行くことになった。

他に遊ぶところないのか・・・と言われてもみんなでできる遊びと言ったらこんな様なものしか考えられないのも事実。
途中で小津さんや児島さんやルナちゃんが狙ったように現れた。

・・・できすぎている・・・おそらく長瀬君の計らいだろう。

落ちていたら・・・とか

そんなこと微塵も考えていなかったんだろうな。
ある意味そんな考えしか持っていない長瀬君をうらやましく思う。
人を信じられると言うか、全てをポジティブに考えられる・・・

コレは能力だろうなぁ・・・


その日はとても盛り上がった。
長瀬君はボーリングでは200を越すスコアを全てのゲームでたたき出し、みんなから文句を言われていた。
ちなみに僕は100そこそこ・・・
・・・ごめん、初心者レベル・・・

カラオケでは大きな部屋を借り、小さなパーティ会場のようになった。
その場で主役に躍り出たのは児島さん。
さすが声楽科・・・誰もその声には勝てなかった・・・
100点満点の点数付の物で90台を連発していた。








そんなことで・・・この人集まりは終わった。

家に帰ると、翔子さんがご馳走を作ってまってくれていた。
夕方に帰ることができるかなんてわからなかったはずなのに・・・

「・・・・・・・」
・・・翔子さんの横には尚人さんがいた。
この人の行動力はすごい・・・
たぶん、遊んでいる僕たちをどこかで見たんだろう。

「ということで〜おめでとう〜!!聡ちゃん♪アケミちゃん♪希美ちゃ〜ん♪」

翔子さんの言葉で自宅でパーティが始まった。

そのパーティも終わりに近づき、

「ちょっといいですか」

聡君が手を上げて立ち上がった。
「俺が高校に入れるように勉強を教えてくれたのは裕之さんのおかげです・・・本当に感謝しています・・・ありがとうございました・・・」

聡君は僕に向かって深々と首を下げる。

「え、いっいやいや!!僕じゃなくって聡君が頑張ったからだよ!!」
「そうさせてくれたのはあなたです・・・本当にありがとう・・・兄さん・・・」

・・・

僕は、何とも言いがたいうれしさに体が震えた。
僕は、たいしたことをしていないのに・・・聡君は僕のことを兄さんと・・・

「・・・・ありがとう・・・・」

「はい・・・そして、母さん、父さん、いままで・・・今まで育ててくれてありがとう。俺、もっと頑張っていい大人になるよ・・・
 一番感謝してる・・・本当にありがとう・・・おれ・・・まだ何も返せてないけど・・・いつか感謝を返すよ・・・別の形で・・・」

聡君は泣いていた。
コレは感謝の気持ちだろうか、別れの悲しさだろうか。
あるいは両方だろうか・・・

小林家の両親は暖かい目で聡君を見ていた。
そして、ゆっくりと同時に頷いた。



これから聡君は一人で、周りに知り合いが誰もいない地に行こうとしている。
僕は・・・彼がとてもかっこよく思えた。



「私も・・・裕之さんに感謝です。今まで教えてくれてありがとうございました・・・」

アケミちゃんも改めて挨拶してくる。

「私は何もできないけど、専門も違うけど、一生懸命に教えてもらって・・・ホントためになりました。感謝してもしきれません・・・」

・・・
あらためて言われると、やっぱり恥ずかしい・・・

「そして、お母さん、お父さん、本当に感謝しています。聡の後だと少し弱いかもしれないけれど・・・ここまでこれたのはお母さんたちのおかげです
 これからも迷惑かけると思いますけど・・・よろしくお願いしますね。私も頑張ります!!」

アケミちゃんは大きな声で言った。
その決意は固いのだろう。

アケミちゃんならやっていけると思う・・・





そこで、パーティはお開きとなった。





その夜、僕の部屋に希美が来た。

「その節はどうもです〜」
「いえいえ〜、どういたしましてー」
「おかげでうちの息子も元気になって今では逆上がりなんて練習してー」
「へぇー、まだ3歳でしたよね?立派なものですねぇ」
「あらもうこんな時間!!と言うことでさらば!!」
「待て、妹。」
部屋から出て行こうとしている希美を呼び止める。
「えへへ・・・なんかきんちょうしますなぁ」
「まぁなんとなく予想はつくが・・・兄が妹を助けるのは義務であり、正しい行いだ。よって感謝する必要なし」
「いやー!そんなこと言わないでくださいましー」
そう言いながら僕の服をつかむ・・・

伸びる・・・

「お兄ちゃん、ありがとう!!これからもよろしく!!」
「ん」

僕らは笑いあった。



その日は、ずっと幸せな空気に包まれていた・・・















春・・・

土地柄と言うこともあり、桜はあと一週間位したら咲くころだろうか・・・

僕は用が無いのだけども、二人の入学式ということで大学に来ている。
外で会館を借り切ってというものではなく、大学で一番大きなホールで入学式は行われる。
だから・・・サークル勧誘者がホールの前にうじゃうじゃといるような状態に・・・

長瀬君もその中の一人でビラ配りをしている・・・

なんでも活動費までもが手に入れられないサークルとなってしまい、ここで新入メンバーがいなければ廃部ならぬ廃サークルに・・・

なんで必死だ。
知ったこっちゃないけどね。僕としては。

僕の隣には郁人君がいた。
ホールの中では大きな声ではしゃべれないので、小声でしゃべったりしている・・・

「今日だけはいようと思います・・・ずっと・・・希美がいるから・・・」

郁人君はずっとこの入学式を楽しみにしていた。
希美も楽しみにしていた。
いつも二人で話しているようだった。
一緒の学校・・・一緒に通学・・・

本当にささやかなことだった。

一緒の通学は・・・







入学式と言うものは退屈なもので・・・いいものとすれば、サークル紹介が面白い。

それだけだね・・・
だって・・・教授の話とかって面白くないことがほとんd
「おーーーーっす!!アメフトサークル募集だ!!マネージャー!!選手!!どっちも募集中!!今日は焼肉パーティしますので
 遊びに来てください!!あと、俺のかのj」

・・・いつのまにやらサークル紹介か・・・



長瀬君・・・張り切りすぎじゃないか?

「はははは・・・なんかすごいね・・・」
僕は郁人君に話しかけた。

「そう・・・ですね・・・」



郁人君は見るからに気分が悪そうだった。
「郁人君!!大丈夫!?」
つい声を荒げてしまう。
周りにいる人から奇異の目を向けられることなど知ったことではない。

「すいません・・・ちょっと気分が悪いので外へ・・・」
「わかった!!すいません!!道を開けてもらえますか?」

もう、サークル紹介であるので・・・しかも長瀬君のサークルの紹介であるからあとで何かと融通は効くので少しでも早く外に出られるようにした。




外に出てベンチに横たわらせた時、
「イク!!」

希美が出てきた。

「希美、なんでここに・・・」
郁人君は苦しそうに言う。
「私のことよりイクのほうが大事!!」
希美は郁人君の手を握る。
その表情は郁人君の苦痛を自分の苦痛のように感じているようにも見えた。

僕は急いで救急車を呼び、郁人君を病院へと手配した。








・・・・
待合室で待つ僕らと郁人君の家族・・・
その表情には光がない・・・



しばらくすると・・・手術室から郁人君担当の先生が出てくる。

「先生!!」

郁人君の母親が真っ先に容態を聞く。

「・・・・・」
先生は黙ったまま、言いづらそうにしていた。
僕らか・・・

「いってください・・・先生・・・イクの・・・郁人さんの体はあと・・・」

希美は言う・・・
間違いなくそれを知らされて一番悲しむ部類に入る希美・・・
しかし、現実を受け止めようとしている。



先生の口が開く・・・


「意識がもう戻るかどうか・・・・・・・言いにくい話ですが・・・もってあと・・・一週間はないでしょう」








「いままでなぜあれだけ動けたのかもわかりません・・・しかし・・・一週間・・・これはほぼ間違いありません・・・」






希美は・・・郁人君と通学すること・・・

そんなささやかな夢も・・・叶えられないのだろうか・・・

誰にも向けられない怒りがこみ上げてくる・・・

なんで・・・なんでこんなことになったんだ!!



『・・・そんなに怒らない!!』

僕は・・・

『今、あなたが一番したいことは何?』

したいこと・・・

『彼を助けることはできない。彼の代わりになることもできない』

僕がしたいこと・・・

『そう・・・あなたがしたいことは』

「『彼の夢を叶える事』」







暗闇が世界を包み込むような気がした・・・



いつかの感情がよみがえってくる・・・



何もかもがなくなってしまうような・・・巨大な喪失感が・・・



・・・・・・・・だけど・・・



僕は前とは違った・・・大切なもの・・・



認めること・・・



わかりあうこと・・・



そして信じること・・・



僕らには・・・時間があった・・・



一週間と言う時間があった・・・












僕ら兄妹は、あることを計画した・・・





僕は大学内で呼びかける。
どんなことでもいい、人を集める・・・
どんな人でも、どんなことをしてでも、どんなにカッコの悪いことをしてでも人を集める・・・
どんな手段を使ってでも、どんなことをしてでも、どんなにカッコの悪いことをしてでも場所を探す・・・


そして僕は配っていく・・・
一人でも多くの人に配っていく・・・

希美は大学にも行かず、面会時間になればずっと郁人君の病室にいた・・・
面会時間が終わると、高校へ行き、三年生の吹奏学部の人に声をかけた。
その時、アケミちゃんも一緒にだった・・・

ルナちゃんは僕たちの計画に賛成してくれた。
聞いてくれる人を探してくれるようにお願いをしておいた。
誰でもいいから、心から喜んでくれる人を・・・


ほかの長瀬君たちは集まった人とともに練習をしてもらっている・・・
場所などは問わない、ただ、いろんな人に聞いてもらうために・・・
いろんな人にバトンが渡せるように・・・







無駄かもしれない・・・だけど僕らは全てをかけた。
一つとなるのは一瞬でいい。
だから、その一瞬にかけた。




その一瞬・・・郁人君が目を覚ましてくれることに・・・







いくらか過ぎ、僕は練習に没頭していた・・・
いろんな人が集まった・・・
呼びかけに答えてくれた人はどれもいい人だった・・・
みんな、言わずとも練習してくれて、心から感謝したい・・・







携帯が鳴る・・・
希美からだった・・・出ずにもわかった。
無駄ではなかった・・・

僕はみんなに知らせ、スタンバイさせる。


そして急いで病院へと向かおうとする。

タクシーを捜すように手を上げながら走っていると横の普通車が止まる。

「裕之君!!」
いきなり声をかけられる。
どこかで聞いたことのある声だが・・・

普通車のほうを見てみると、尚人さんが立っていた。

「早く!!乗りたまえ!!」

「はっはい!!」

僕はせかされ、車に乗り込んだ。

「行き先は病院でいいんだよね」
「はい、そうです」
「よし・・・じゃあしっかりシートベルトは締めておくことだ!!」

尚人さんはものすごい勢いで車を発進させた。


「でもどうして言葉を?」
「・・・・・」


・・・・必要最低限のことしかしゃべらない人なのか・・・
しかしとてもありがたかった。


「アケミが教えてくれてね・・・私も近くで仕事をしていたのでね」
「そうなんですか、助かりました・・・でもどうして言葉を・・・」

「・・・・・・・声優・・・」
「へ?」
「わっ私は声優の仕事をしているものでね。少し恥ずかしいのだよ」
「え・・・そんな理由で」
「そうは思っても口に出すと周りが少しね・・・実名は出ていないが・・・」


今明かされる新事実って感じだ・・・

「さあついたぞ!!行ってきなさい!!」
「はい!!」

僕は車を飛び出し、病院内へと入っていく。


「面会時間ぎりぎりですけど、ってすいません〜訪問張をー!!」
という看護士の人の話も無視して郁人君の部屋まで走った。






部屋に入ると、郁人君は目を覚ましていて、服を着替え終わったところだった。

隣には希美がいた。

「お兄ちゃん・・・見ればわかると思うけど・・・」
「うん・・・車椅子は?」
「いいえ・・・僕は・・・歩いていきたいです」
「うん・・・わかった・・・じゃあ・・・行こう!!」
僕は郁人君の右肩に・・・希美は郁人君の左肩に・・・





「すいません、もう帰ってくる予定とか無いんですけど・・・ちょっと出かけるんでサインします・・・」
「え・・・でも」

言われる前に病院を出る帳簿にサインをし、僕らは病院を出た・・・



「おいちょっと!!君たち!!」
郁人君の担当の先生が出てくる。
「君はもう・・・そんな体では死期を早めるだけで・・・」
「先生・・・」

郁人君は息を吸って言う・・・



「僕は・・・夢を叶えに行くんです・・・生きてる間に夢をかなえることってそうそうできることじゃないと思いませんか?」





「僕は・・・今・・・生きているから・・・生きているから夢を追っているんですよ・・・」









僕らは尚人さんに一言つげ、歩いていくことにした。









「へへッ、希美の夢が先に叶っちゃいましたね」

希美は笑いながら言う。

「残念ながら・・・僕の夢でもあったので・・・ね」
郁人君も楽しげに言う・・・

僕は希美たちの会話には入らなかった。

二人が・・・とてもとても・・・嬉しそうだったから・・・


本当に・・・おめでとう・・・二人とも・・・






大学内の正門を通る・・・
もう、夜になっていたので、校内では外灯が点灯していた。

その光に照らされてとても鮮やかにその桜は映し出されていた。

「こうしてみると・・・とても綺麗に見えますね・・・桜が・・・」

郁人君は桜を見上げながらつぶやく・・・

「ここであなたと会わなければ・・・こんなにすばらしい経験ができなかったと思うと・・・すいません・・・」

郁人君はいつも謝っているような気がする・・・

「そうじゃないでしょー」

僕は郁人君に注意する。
郁人君は笑いながら、

「そうでした・・・ここまでしてくれて・・・親友になってくれてありがとう・・・裕之さん」
「こちらこそ・・・ありがとう」







ホールの前に立つ・・・そこにはルナちゃんがいた・・・

「お兄ちゃん・・・これ・・・」

ルナちゃんは手に持っている指揮棒を郁人君に渡した。

「ありがとな・・・ルナ・・・」
郁人君はルナちゃんの頭をなでる・・・


「・・・ッ!!お兄ちゃん!!」
ルナちゃんは郁人君の腰に抱きついた。
涙を流しながらも、一生懸命郁人君の姿を・・・郁人君の目を見ている。

「ルナ・・・頑張れよ・・・僕はこれから一番の姿をお前に見せてやるからな」


郁人君はもう一度ルナちゃんをなでる。

「さぁ・・・行きましょう」

ルナちゃんは離れて、会場席へと向かっていった。








「さぁ・・・始まりますか・・・この公演が・・・」
「・・・うん・・・」

郁人君は舞台袖で準備をする・・・
足がもつか・・・手はもつか・・・体は持つか・・・
そんなことはどうでもいい。

ただ・・・僕たちは夢をかなえる・・・それだけだ・・・


音あわせも終わった・・・全ての準備が整った・・・



ステージ中央に立つ郁人君・・・

周りには小さな小さなオーケストラ、僕らがいる・・・

僕、希美、アケミちゃん、長瀬君、嵯峨野さん、小津さん、児島さん、そのほかの大勢の人・・・

「曲は『Baton』です。いいですか?」

郁人君ははっきりとしゃべる。
その言葉にみんな頷く・・・



そしてちょっとした開園の合図とともに席に向かってお辞儀をする。

席は満席には程遠い数だった。

しかし・・・家族・・・同級生・・・同学科の人・・・かつての先生・・・いろんな人がいた。




「僕は・・・幸せだ・・・」



郁人君はつぶやいた。




「みなさん・・・僕のためにわざわざ・・・ありがとうございます・・・

 この席に立てたのは・・・皆さんのおかげです・・・本当にありがとう・・・

 僕の力は小さいけれど・・・皆さんの力をあわせれば・・・とても大きな力となります・・・

 今までどうもありがとうございました!!僕は・・・僕は今、幸せです!!」















「さあ・・・・・・『音楽』を奏でましょう・・・・・」















不思議な感覚だった・・・

間違えると言うこともない・・・

ただやさしく、旋律が流れるように出て行く・・・

このホール全体がそんな空気に包まれた・・・

全てが一つになった・・・

誰もが暖かな気持ちになった・・・





誰もが一瞬の永遠を感じた・・・



























最後の一音が消える・・・

郁人君の腕も止まる・・・


全てが終わった・・・





静寂の時がホールの中に流れる・・・

その数十秒後、われんばかりの拍手がホールを包み込む。

ホールの中にはいろんな人が集まっていた。

音を聞いてやってきたのだろうか、ホール内には最初の倍近くの人が集まっていた。




僕らは郁人君を見合って笑顔を向けた。

その顔に郁人君も反応して笑顔を作った。
















郁人君はそこで倒れた・・・







周りの声なんて聞こえなかった・・・

希美がいち早く近寄っていく。
僕もよっていき、郁人君に声をかける。

僕は悟った。
ここが彼の・・・


「まず・・・あなたに・・・裕之さん」

僕は郁人君の手をとった。


「あなたには・・・とても迷惑をかけてしまったことを・・・お詫びします」

「迷惑だなんて・・・」

「そして・・・こんな素敵な場所を・・・こんな素敵な人たちを集めてくれてありがとうございます・・・」

「うん・・・うん・・・」

自然と力が手にこもる。

「最後にもう一度・・・」




「裕之さん・・・僕の親友・・・ありがとう・・・」








「希美・・・こっちに来て・・・」

「希美はここにいるよ!!イク!!」

希美は郁人君の手を握る。

「僕に生きる希望をくれたのは裕之さんと希美だ・・・本当にありがとう・・・」

「私も・・・好きになってくれてありがとう・・・」

「僕も、好きになってくれてありがとう・・・怒ってくれてありがとう・・・泣いてくれてありがとう・・・笑ってくれてありがとう・・・

 好きな人になってくれてありがとう・・・」




「ひとつ・・・お願いしていい?・・・希美?」

「うん・・・いいよ・・・」

「希美のフルートが聴きたい・・・」

「うん・・・うん・・・わかった・・・」

希美は一度、郁人君を抱きしめ、フルートを持ってさっきまで演奏していた曲を吹く。




「ああ・・・いい音ですね・・・裕之さん・・・」

「そうだね・・・」

「そうか・・・僕は・・・ここにいる人たち全員に・・・バトンを渡したんですね・・・」

「うん・・・」

「人との出会い別れによって繋がるバトン・・・」








「そうか・・・僕は・・・バトンを渡せたんだ・・・」


































『さてと・・・頑張ったね・・・ササ』
「できる限りはね」
『おおー言うようになったじゃん』
「結局助けられている自分が情けないですよ・・・ホント」
『いやいやーササの実力だってー』
「何だかんだ言って、一番助けてくれるのはケイだからなぁ」
『ほめても何も出ませんよ?』
「いや、いらないし」
『えー』
「何でそっちが・・・」
『つまんないー!!』
「さいですか・・・」
『さぁ・・・これで私の役目も終わりかなー』
「役目とかあったんだ」
『ひっど!!いっつも助けてあげてたのに』
「さっきと言い分が180度違うんですが・・・」
『うるさーい!!』
「はははは」
『じゃ、またいつか会いましょう!!』
「あ、ちょっとまって」
『んー?』
「やっぱ僕さー・・・ええっと・・・」
『なになにー』
「つまり・・・」
『ここには誰もいないことだし・・・恥ずかしがるなー!』
「そうだね」
『言っちゃえー!!』
「やっぱケイのこと好きだわ。僕」
『ブッ!!』
「いっつも支えてくれるし、寂しい時とか、頑張らなきゃいけないときとかに考えるのはケイのことだし」
『ええっ!?』
「こんなこといっちゃあなんだけど、愛してる部類にまで入ってるんじゃないでしょうか?」
『きっきかれても』
「そっちは?」
『って、私そっちにはいないんだよ!?頭にわっかついてるんだよ!?』
「いや、わっかなんてないし」
『そういうことじゃなくてー』
「いいんだ。僕はケイが大好きだ。コレは変わらない」
『そのーえっとー』
「そっちは?」
『好きですよーだ!!へーんだ!!』
「何その言い方・・・」
『まっまぁ、そういうことで!!』
「うん・・・」
『それよりも、ほかの子とかにも目を向けなよーササならいっぱいいるでしょー』
「他に目が向けられない限りはケイを見ておくよ」
『あ、浮気』
「さっきから矛盾してるんだって!!」
『はっはっは!!じゃ、そう言う事でー』



「全く・・・いつもどおりなんだから・・・」
























「・・・真っ白だ・・・・何も無い・・・」

僕は見渡すと周りには何も無い世界が広がっていた。

「おーーーい、案内の人とかいないんですかー?」

僕の叫びは届くのだろうか・・・
届かなくとも叫んでみる・・・
それがテレビとかでやってるあれ。

「・・・いないみたいだけど・・・」
『ごーめん、遅れたー!』

目の前になんか同年代くらいの女の人が出てきた。

「わっ!!だれ!?」
『ここの案内人権、権力者』
「け、権力者?」
『ま、人は私をこう呼ぶ』
「あ、黒崎さんだ」

僕は思い出した。
この人はかつて有名だったフルート奏者の人だ。

『ッ!!なんで先に言うかねーこの子は〜!!』
「すっすいません!!」

・・・あのフルートの旋律からは想像できないほどの性格をしている。

『ここは〜・・・いわゆる待ち合わせ室みたいなもので中継点なわけですよ』
「中継点?」
『ま、しばらくすればー』


と、さっきまで一緒に演奏していた人たちが・・・出会ったときくらいの歳で現れた。

『とまぁこんな感じ』
「なぜこんなに早くに・・・」
『人は歩んでいくとしても、その距離はわずかなもの・・・疲れたらほかのひとにバトンを渡し、次の人へとつないでいく・・・』
「・・・・」
『私もバトンを渡せたのがよかったね・・・ほんとに・・・あいつに渡せて・・・』
「黒崎さん・・・」
『君も渡せたようでよかったよかったー』



『あ、ササも来たし私も案内役降りるか』




「しかもちょうどメンバー集まってるじゃん」

黒崎さんは実体化(?)みたいなものをした。
案内人とかからおさらばしたって感じだろうか?

「君、指揮者だったよね?」
「はい?」
「じゃあ指揮ね」
「・・・・・はい・・・」
「こんにちわーはじめましてー」
「で、フルート私とササたち」
「えっ!?ケイ!?と、郁人君!?」
「クラリネットは大男」
「ひどいっす!!」
「他はてきとー」
「「ええー!!」」
「うるさい!!自分の楽器を担当しろ!!」
「相変わらず・・・」
「ササ・・・なんか言った?」
「いいえ・・・」

「じゃあ始めよう♪」


僕は指揮棒を渡された・・・

「ま、付き合って頂戴・・・ね」

裕之さんは肩を叩いて言う。
それにしてもほかのひとが困惑しているのになぜ裕之さんだけ冷静なんだろう・・・


「ま、いいか」

僕は指揮棒を振り上げた。
みんな空気がわかったのだろうか、びしっと僕を見ている。
そこには希美もいた・・・
あの笑顔で僕を見ている。




「じゃあ響かせましょう!!僕らの『音楽』を!!」


























「さてと・・・準備もできたし・・・そろそろ行くかな」
いつものフルートのケースを持ち、僕は外へと出た。
いつもと同じ日・・・
みんなが笑顔でいれるように・・・
今日も僕は『音楽』を奏で続けよう・・・


















 
 
 
 
 
 
・・・バトンを次へとつなげるために・・・


 
 
 
 
 
 
 
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