BATON
 
僕は高校のとき、部活には入ろうとは思わなかった。
どの部活も僕にとっては興味が出るといったものがなかったから。

だけど、入学式のときある人のフルートの音を聞いた。
その音はとても澄んでいて、心に響いてきてなんというか、心を揺さぶった。
こんな音があるんだ・・

僕はそのほんのひと時で吹奏楽部に入部をすることに決めた。
友達からは単純とかそんなこといわれたけど、そんなことは気にしなかった。
僕はあの音が聞きたいんだ。
僕はあの音が出したいんだ。



Haru  5years ago〜


そして僕はフルート奏者になった。
男子ではあまりそのパートに入らないといわれるフルート奏者。

僕はどのつくほどの素人で、笛なんて小学校以来持ってもいなかった。
でも僕はこのフルートであの音を出すんだ!!と意気込んでいた。

でもそんな音にはかけ離れた変な音しか出ない。
先輩たちに教わりながらも僕はできずにいた。

その音にあきれてか一人の先輩が立ち上がる。
「あーあ、そんなんじゃダメダメ!フルートに対する侮辱でしかないわ」
あの入学式のときにフルートを吹いていた先輩だ。

僕はさすがにむっと来た。
「しょーがないじゃないじゃないですか。僕、初心者なんだから」

「しょしんしゃ〜?はあ。なさけない」
なにがですか。
「せめて一つの音くらいまともに出せるようになりなさい」
ムカッとくる。

先輩は何年やってるかは知らないけど僕は今日がはじめてなんだぞ!!
それがなさけないって・・・
そりゃ僕もどん臭いかも知んないけど、そんな言い方しなくてもいいと思う。

・・・って思ってる自分が情けなく思えてきた。


僕は吹奏楽部に入ったその日から家で毎日欠かさず練習することになった。
情けないなんていわせない。
僕はあの音を出せるようになるまであきらめない。

あの音をだすまでは・・・




次の日、
結局、昨日からあまり成果がないまま僕は学校に来た。
内心少し悲しい。
部活の時間になって吹奏楽部の先輩たちは励ましてくれた。
「まだはじめてなんだから」
とか
「家に帰って練習してるのははじめてでもすごいことだよ」
とか・・・

でも、あの先輩は何も言ってくれない。
あの人は特別なんだろうか、それともあきれて無視をしているのか・・・

「ああ、あのこ『黒崎 恵』さんっていって結構音楽界でも有名な人なんだよ」
と先輩から教えてもらう。
先輩たちはそれからどんな賞をもらったかとか自分のように話してくる。
僕はそんなことどうでもよかった。

誰ももっていないあの人の音と同じような音が出したいとそれだけ思っているから。
コンクールとかどうでもいい。
僕はそんなことまでも考えていた。

僕は先輩たちの説明を聞いてから、黒崎という先輩の元へと歩いていった。
そして目の前に立つ。

「なにかよう?初心者君?」
と笑いながらも少しひどい言葉。
僕は少しでもこの人の音に近づきたいと思った。

だから・・・
「僕にフルートを教えてください!!お願いします!!」
と深々と頭を下げる。
「上手に吹く方法とかなら他の人に聞いたほうがいいよ〜私教えるの苦手だし」
と返される。
人を教えるのが苦手というか、この人の場合は自分の肩書きでよってこられるのが嫌いなのだろう。
そんな感じがした。

「僕は先輩の音のように出したいんです!!だけど僕は初心者です。どのように吹いたらいいのかわからないんです。
だから・・・僕にフルートを教えてください!!」
僕は本心を言う。
先輩の音が好きだからというのは伏せておいた。

先輩はきょとんとした顔をした。
そしてすぐにふきだした。
「あははははは!!!君って純だねぇ!!うん・・・いいよ・・・気に入った!!これからは私は君の師匠だ!!」

突然なことで僕も少しあわてる。
「えっえっと・・・よっよろしくお願いします」
「声が小さい〜」
「よろしくお願いします!!」
僕は大声で言った。
そうするとみんなが笑い出した。
その場でしまった・・・と思った。
顔が熱くなる。
「あははははは!!!きみっておもしろーい!!」

僕はこんな先輩でちょっと後悔した。




次の日の放課後、
僕は音楽室に行ったのだけれども教室には誰もいなかった。
「あれ・・・・今日は休みか・・・」

僕が帰ろうとしたそのとき、廊下から黒崎先輩が歩いてくる。
そして僕に気づく。
「やぁ初心者君、どうしたんだいこんなところでーまさか休みとも知らずに来てしまったとか?」
図星を突かれる。
「そうなんですよ・・・」
「いやっ少しは反論しようよ・・・なんか調子狂うなー」
先輩は頭をかきながら言う。
でも僕は少し気になった事がある。

「先輩は何で来たんですか?」
と聞く。
「自主練。私音楽室の雰囲気好きなんだよねー」
と手には音楽室の鍵をもってくるくると回しながら言う。
「音楽室、最初から開いてましたよ」
「うそ!!あたしの苦労は!?職員室まで行った私の苦労!!」
「・・・ごしゅうしょ」
「そのセリフは禁止!!」
と頭にチョップを食らった。


「せっかくだから、ちょっと聴いていってもいいですか?」
僕は先輩に尋ねる。
「いいよー100円ねー」
僕はかばんの中から財布を出す。
「ああ!!いい、いい!!君はホントに純なやつだなーじょうだんっすよー」
なんとなく僕は先輩のことがこのやり取りでわかったような気がした。
先輩は話してみると意地悪そうだけど、ホントはとてもやさしいんだと・・・

それから僕は先輩の練習の音を聴いていた。
先輩の邪魔にならないように後ろのほうの席で。


「はっくしゅん!!」
「うわ!!!」
僕はいきなりくしゃみをしてしまい、先輩を驚かした。
「すいません!続けてください」
「んーーーでもこれで終わりなんだけど・・・そうだ!!なんか聴きたい曲ある?リクエストに答えてしんぜよう」
と先輩は言うけど、僕はぜんぜんフルートのための曲とかを知らない。
「うーん・・・先輩の好きな曲で」
無難なところを言う。
「それじゃあ私の作詞作曲の曲、『希望』を・・・」
「作詞はないでしょう。先輩フルートだし」
「うっさい黙れ。」
「・・・・・・・・・」
怖い・・・・・・

「ではいきまーす」
先輩はフルートに口を当てる。
そして音を奏でる。

僕はまた不思議な感覚が心の中にできた。
入学式とは違う、本当に希望が見えるようなうれしい気持ち。
体中にそんな感覚が流れていくような・・・

不思議な感覚が・・・

僕はいつの間にか眠りに落ちていた・・・

ガシャン!!
という音で僕は目を覚ます。
なんだ?僕は寝ていたのか・・・
周りを見てみると先輩の姿がなかった。
ふと音楽室の廊下のほうの扉を見てみると先輩の影。
外側から音楽室の鍵を・・・・って
「まってください!!起きました。起きましたから出してーーーー!!!」



「じょーだんだってーほんと面白いなー初心者君は」
僕はもうかなり疲れている。
眠ったほうが悪いとかいわれて十分くらい謝り続けた。
「ところで初心者って呼ぶのやめてもらえませんか?僕にはれっきとした名前があるんです」
「ふーん」
とても興味なさそうだ。
「ふーんじゃなくて・・・僕の名前は笹原裕之です」
名前の部分は強調して言う。
「私の名前は黒崎恵、よろしくね笹原君」
と握手を求める手が出た。
何の躊躇もなくその手をとろうとした。
けどなぜかとれない。
手を見てみると先輩の中指が立っていた。

「いまどき引っかかる人がいるとは・・・」
「・・・・・・・」
僕は半ば強引に握手をする。
「よろしくお願いします『老師』」
「ロウシ言うな!!せめて先生と言え」
「じゃあ先輩で」
「他の人と何もかわってないじゃん」

そして僕たちは笑いあった。

「笹原君は背がちっちゃいなー、私と同じくらい?」
「・・・・・・コンプレックスです」




一ヵ月後

「ああ!!もう笹原君って言うのめんどくさい!!今日から君はササって呼ぶことにするから!!」
「いきなりですね・・・まぁ友達みんなそういってるんでいいですけど」

僕がこの学校に来て一ヶ月近くになる。
その一ヶ月間はとてもハードだったけどかなり充実していた。

今日は吹奏楽部に行ってみたら先輩はもうきていていきなり練習!!とか言ってきた。
先輩の練習は結構ためになるけど、かなりのスパルタだ。
基本がまずできない僕には特に厳しい感じ。

そして今日は先輩の決めた試験日。
これに受かると素敵なことが起こる・・・とか・・・

「じゃあ、早速、ササ、練習の成果を発揮させなさい」
今日は顧問の先生もいないので先輩の天下のようになっているフルートチーム。
しかし誰も逆らえるものはいない。
なんだかんだいっても先輩はみんなから慕われているようだ。

「それじゃあいきます・・・」



「ねえ、ササ」
先輩は言う。
「何ですか先輩、またダメだしですか?」
僕はうんざりしていた。
先輩のダメだしはいつも適格なんだけどかなりきつい言い方で、正直怖いくらいだ。
「いや、そうじゃなくて、一か月前に比べてだいぶ上達したじゃん!やるねー」
予想だにしなかったセリフ。
僕はキョトンとなる。
「よしよし」
いきなり頭をなでられる。
「えったっわっ!!なっ何するんですか!」
「えらいえらい」
「僕はもう高一ですよ!そんなのはずかしいですよ!」
「むーじゃあこっちだー!!」
先輩は僕の首に手を回して、ロック。
「ぐっ!しっしぬ!」
「うれしいなら嬉しいと言えー!」
「ううっうれじいでずぅ!!」
ぐぐっ!!まじで死ぬ!
とおもったところで首にある腕の力が抜ける。
「よしっ、じゃあがんばったお礼にこれから暇な時は練習付き合ってあげるよ〜」
「ええ〜」
「もんくある?」
「ありません先輩」

ごほうびってこれ?・・・
いつもと変わらないような・・・



部活後、

「さあはじめようか!!ササ」
「暇な時間って・・・今から?」
「そうだけど?」
当然でしょ?とでもいいたげな顔で言われる。
「・・・それじゃあお願いします・・・」


それからというもの、先輩との練習は土日以外のすべての日続いた。





「そこっ!ちがうっ!ああーどうしてできないかな!?ササは下手だな〜」
「そんなこといわれても・・・先輩のようにはまだまだですよ」
「ササが私のレベルに達すると思ってんの?五年早いっ!」
ううっ妙に現実を突き付けられる年数だ。
僕は初心者なんだからできないのは当然だけども・・・
「そう思うんなら違う人教えてあげてくださいよ」
僕はふてくされてそういう。
この吹奏楽部にはまだ何人ものフルート奏者がいる。
僕より教えがいのある人がもっと他にいるだろう。

すると先輩は、
「いーやー」
と即答。

「私はササを教えるのが好きなの!ササじゃなきゃからかいがいないし」
なんと・・・
僕葉からかいがいがあるから先輩に目をつけられているのか?
「からかわんといてください」
「いーや♪からかうー」
「やめてくださいよー」
そして自然と笑い会う二人。
なぜかわからないけど先輩にからかわれるのはいやじゃなかった。
なんというか、安心感がでてくるというか・・・
・・・・・・いや決して僕はそっちの気があるわけではなくて・・・





それから僕はめきめきと力をつけていった。
いや・・・技術かな?
先輩の比喩みたいな教え方が僕にとってはあっていた。
タマゴみたいに・・・とか、風!!とか・・・
他の人にとっては難解な暗号のようなものだそうだが僕にはなんとなく理解できるのだ。



ある日の部活後の練習後


「さあ、今日の練習はこれで終わり!!」
「ええ!!?まだ五分しかしてないですよ!?」
「私の暇なときって言ったでしょ!!私はこれから忙しいの!!」
そうだ・・・先輩の最初に言ってたことは暇なときに練習の付き合いをすると・・・
「じゃあ今日はお疲れ様でした。またあし」
「まった・・・ササにもついていってもらうか・・・」
・・・・・・何かよからぬことを考えてしまう・・・
このパターンは荷物もちが妥当なパターンだ。

「いや、でも先輩の用事だし・・・僕がいちゃ邪魔じゃないっ!!」
いきなりかばんを整理していた腕をとられ音楽室から引きずり出される。
もうだめだ・・・
こうなりゃもう従うしかない・・・

僕は覚悟を決めこれから始まる過酷な労働への準備を始めた。



「ここは・・・」
「ロアール!!今日できたケーキ屋さん!!今なら全品百円だよ!!」
僕が想像していたのとは違う。
目の前には綺麗に飾り付けされたケーキがたくさんある。
喫茶店のような店内・・・
「え・・・えっと・・・」
「さぁたのむ!!」
「もっもんぶらん・・・」
「ショートとミルクレープ、あとイチゴタルト!!」

「かしこまりました。少々お待ちください」



僕はモンブランを口に運ぶ・・・
うんおいしい、口の中に柔らかな甘みが広がる。

「先輩ってよくこんなところ来るんですか?」
「ううん、百円だったから」
即答してイチゴタルトを食べる先輩。
とても幸せそうな顔をする。


先輩のことをちょっと誤解してたかもしれない・・・
僕は先輩のことを今まで、フルートの上手な先輩でその音が出したい。
といった目でしか心の片隅で見ていなかったような気がする。

先輩は普通の女の子と同じなんだ。
僕はそんなことを考えるとなんだか向かいに座っている先輩を見るのが恥ずかしくなった。
今まで、女の子と付き合ったことなんてなかったから・・・
女の子も苦手なのに、フルートのことになるとなぜか普段友達と話しているように話せる。


「ごちそうさま!!」
僕がそんなことを考えている間に先輩はすべて食べ終わっていた。
まあ僕も食べ終わってるけど・・・
「じゃあ割り勘ということで」
僕のほうが余分に払うことになるけど別にいいや・・・
「いやいや、ここは先輩もちですよー。かわいい後輩をこんなところに呼び込んでおいて
お金を払わせるなんてできないでござる。」
「ござる・・・あっでも僕の分くらいなら・・・」
「問答無用!!後輩は先輩のいうことを聞く!!」
「はい・・・」
僕は意気地がない・・・

その後もたびたび先輩の気まぐれで連れ出されたことがあるけど、全部先輩もちの買い物などだった。
そう・・・僕には意気地がない・・・




二ヵ月後


ある日の部活後の練習中。

「ねえ、ササ?」
いつもとは違う高さの声のトーン。
「なんですか?先輩」
僕はいつものように聞き返す。
「私って普通と違うのかな?」
といつもとはまた違う質問だった。
なんなんだ突然。

「まあ違うんじゃないですか?」
いつもとは違う会話。

「先輩、普通の人よりも成績いいし、フルートもうまいし」
本心を言う。
その言葉を聞き、先輩の顔は曇る。
「そっか、ちがうんだ・・・」
悲しそうな声、そんな先輩の声は聞きたくなかった。

「でも」
僕は声をあげる。
「普通って何でしょうね。何を言うんでしょう?テストで平均点を取ることでしょうか?
家に帰ってテレビを見てご飯を食べて寝ることでしょうか・・・僕は普通って何か分かり
ません。みんな特別なものを持っているような気がします。先輩はフルート、僕は・・・
なんでしょうね。・・・ごめんなさい。僕にはないかも知れませんね」
自分で言っといて自分のが見つけられないなんてちょっとなさけないかも。

「ササはやさしいんだよ」
先輩はとても優しい声で言う。
「ササは他の人よりほんの少し優しい・・・だからみんな君に寄ってくるんだよ」
うーん・・・そうなのかな?
「だから・・・私は・・・」
先輩は何かいおうとして口をつぐむ。
そして、
「ササさっきごめんなさいって言ったでしょ!」
いきなりいつもと同じ調子に戻る。
「はっはい!?」
「謝られるのは嫌いー!ありがとうで返しなさい!」
「えっなんで?」
「それは君が悪いと思ってるんでしょ?そんなの私もササもいい気がしないじゃない。」
まあそうだよね。
「だから、ごめんなさいよりありがとう」
「でもそれって文脈変になるんじゃ・・・」
「先輩の言うことはきけー!」
僕の頭をつかみ先輩はその頭に手を添え、というか押しつけて、
「グリグリ攻撃ー!」
「先輩、ごめんなさい〜」
「そうじゃなくて」
「あっありがとう?」
「ならもっとやってやろー♪」
「そんなむちゃくちゃなー!」
僕は先輩の手から逃れることはできないでいた。

その時、顧問の先生が来て、
「おらー、しめるぞー。イチャイチャしてないで早くでろー」
「はーい」
先輩の手が離れる。
助かった。

しかしイチャイチャって古いなー
いや・・・グリグリ攻撃も・・・



春も終わりに近づき夏が目の前にあるころのこと

「ねぇ、ササ?」
先輩の声、この声の時は何か頼みごとをする時のトーンだ。
「なんですか?またあのお店いこーとかですか?」
先輩はふるふると首を振る。
「違う違う、そうじゃなくて・・・ここにある映画のチケットがあります」
「ふむふむ」
「だけど私は二枚持っています」
「なるほど」
「だから日曜とかどうかなーと」

日曜、何もない。
まさか・・・僕のことを誘おうと?
「いいですよ!!特に何をしようともしてませんし!!」
先輩はニヤリと笑う。
「誰がお子ちゃまのヒロ君を連れて行くと言いましたか?」
えっ!
「ちっちがうんですか」
がっかりした。なんでだろ少しイラついている。

「なーんて冗談、ササ以外誘う人なんていないよ。行こっ♪」
僕は一瞬にして心のもやもやが吹っ飛ぶ。
「あっありがとうございます!」
今気付いた。
僕は先輩のことを思ってる。
好きだと思ってる。

「いっいやー、そういわれると照れちゃうじゃん」
と先輩は顔が赤くなる。
他の部員の人は羨しそうに僕を見る。(男女問わず)
でも僕はそんなことも気にならないほどうかれている。


僕はこの春の季節が一番今までの人生の中で楽しかった。
・・・そしてその後一番今までの人生のなかで・・・
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